波留(34)が「ニセモノの母親」に… 東大卒の才女が“高すぎるリスク”をとったワケ

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「詐称」や「なりすまし」をなんの憂いもなくできる人は心臓が剛毛だ。ネットで検索し、砂粒みたいな情報から個人の履歴を特定できる時代なのに。小心者の私には到底できない。ま、知事や市長でもしれっと詐称して、のさばる時代だしな。

 なりすましは身バレの危機回避に逃亡劇要素なんかも加われば、途端にドラマチックに。50年近く偽名で生きた桐島聡の半生なんか、つい思いをはせちゃうしね。犯罪者ではないが、いわゆる「替え玉」は、何の罪になるのかをいつも考えちゃう。そこも気になっているのが、「フェイクマミー」である。

 主人公の花村薫(波瑠)は東大卒で大手商社に勤めていたが、ある理由で退職。転職が難航しているときに出逢ったのがベンチャー企業の社長・日高茉海恵(まみえ・川栄李奈)。茉海恵は一人娘の天才児・いろは(池村碧彩)を古風な因習で有名な私立小学校に入れたいが、元ヤンキーで品のない自分では不合格必至。そこで薫に家庭教師を依頼し、もちかけたのは偽母計画。いろはの母になりすましてほしい、と。

 薫は賢く堅実な女性。一人で生きていく人生設計も立てていた。築46年の中古マンションを5680万で購入、月18万のローンを組んだという設定。こういう細かい数字が人物の本質を表すから大事。地に足着けて純粋に仕事にまい進したかったのだと伝わってくる。

 退職の理由も腑に落ちる。子持ちで時短勤務の同僚・高梨由実(筧美和子)が昇進し、薫はその補佐を命じられたから。実績は薫のほうが上なのに、女性の活用を喧伝したいがためにワーママを昇進させる会社の薄っぺらい方針。「誰かを押し上げるために別の誰かを犠牲にするような多様性を受け容れられなかった」と絶望し、退職したのだ。初回でさらっと流したけれど、ここが作品の肝だと思った。

 東大卒で賢くて堅実な薫が、なぜ犯罪者になるリスクの高いなりすましを引き受けたのか。茉海恵が札束で頬たたいて……というか破格の報酬を提示したから?

 もちろん切羽詰まった経済状況もあるが、本懐は違う。

 いろはは数学に秀でた天才児で、夢は宇宙飛行士。賢くて希望に満ちた女子が、裕福でも親の経歴を理由に、進学の道を閉ざされることが悔しかったのだ、薫は。才能と情熱を持つ、できる人を伸ばす社会ではないこの国で、リスクを冒してでも抵抗したかった薫の覚悟。学びたい女と働きたい女を犠牲にしないために。これが案外重く深く響いている。

 で、なりすましは思いのほか迅速にバレる。いろはの担任教師・佐々木智也(中村蒼)が実は薫の元家庭教師で、初恋の人っつう設定。初めは不正を追及するも、偽母計画に至った背景を知って加勢してくれることに。

 安泰と思いきや、茉海恵の商売を執拗(しつよう)に妨害する人物が。薫がいた商社の元役員・本橋慎吾(単独ヴィランに徹する笠松将)だ。実はいろはの遺伝上の父親で、偽母計画に暗雲が……。ま、ドラマはこうでなくっちゃ。

 で、なりすましって私文書偽造罪? 学校からすれば信用毀損罪? 損害がなく訴えられなければ無罪?

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2025年11月27日号掲載

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