プロ野球選手から「医学部生」に…元横浜DeNA「寺田光輝(33)」が“E判定”から半年で“国立大合格”を掴んだ勉強法
憧れの浅尾投手を目指して、野球に打ち込んだ高校時代
地元の公立中学に進学した後も寺田氏は野球を続けたが、その実像は、後にプロ球団のユニフォームに袖を通す選手としては意外なものだった。
「高校受験に向けて内申点も必要だったので、勉強はそれなりに頑張っていて、成績も上位でした。特に理科と英語は得意でしたけど、野球はそこまででもなくて。身体を動かすのは好きでしたが、野球部では補欠でしたし、今思えばそこまで真剣に競技に打ち込むわけでもなく、むしろゲームセンターに入り浸っている時間の方が長かったような記憶すらありますね(苦笑)」
卒業後は、三重県立伊勢高校(偏差値60~64・2025年みんなの学校情報)に進学。当時中日ドラゴンズで活躍していた浅尾拓也投手(現、中日投手コーチ)に憧れるように。浅尾投手と同じスリークォーターを取り入れ、「浅尾さんが練習に取り入れている」と耳にした短距離ダッシュや縄跳び、ジャンプトレーニングに取り組むようになり、球速は3年間で10キロ以上も伸びたというが……。野球とは対照的に学業の成績は低迷した。
学年最下位から三重大学に現役合格
「ほとんど勉強せずに臨んだ」という高校1年最初の中間テストでは、学年320人中319位に。
「『自分の下にまだ一人いる……』と思って少し安心すると、その一人はテストの前に退学していて(苦笑)。実質は“ビリ”同然の成績でした。高校3年間はずっと野球に打ち込んでいたので、勉強は卒業までずっとそのレベルで、下の方をずっと彷徨っていましたね」
高校では理系科目を選択するも、部活を引退して最初に受けた高校3年夏の模擬試験では、記載した志望校の合格率がE判定の28%で、受験プランの再考を余儀なくされる。
「最初は理系の学部に進もうと思っていましたが、“これは無理やな……”と思って。当時の僕は“とにかく大学に行って、野球が出来ればいい”くらいにしか考えていなかったので、理系の道を諦め、生物選択で文系学部を受験することに決めました」
入試本番までの時間が限られていたこともあり、英語、国語、数学(1A・2B)、公共倫理、理科総合、生物の5教科7科目に絞って受験対策を進め、センター試験本番では
得点率74%に到達。本番でもその実力を存分に発揮し、後期試験で三重大学保健体育学科の合格を掴み取った。
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