「東京佐川急便事件で245億円の損害を」 “希代の詐欺師”は生きていた… 「会社版地面師」で逮捕、驚きの手法とは
平和堂グループ
東京に生まれた松澤は慶應大卒を自称し、上野で宝石ブローカーをしていた。バブル前夜の1982年ごろ、知人の紹介で渡辺元社長と知り合い、飲み友だちとなる。
先の捜査関係者が言う。
「銀座をはじめとするネオン街で渡辺元社長に付き従い、求められると元社長お気に入りの『昴』を歌った。生来の“人たらし”を生かして元社長の懐に入り込み、“まっちゃん、まっちゃん”と呼ばれてかわいがられていました」
この関係が深まると、
「元社長に“少し儲けろ”と言われ、債務保証もしてもらうようになった。87年には不動産や医療機器販売などの4社からなる『平和堂グループ』を立ち上げ、東京佐川の支援を背景に“青年実業家”として大きな金を動かすようになっていきました」(同)
東京佐川急便事件での服役を終えて間もない2000年には、
「中華料理店『東天紅』を巡る事件を起こしています。株価を不当につり上げ、売り抜けて利益を得る目的で“東天紅のTOBを発表する”と虚偽のファックスを記者クラブに送付。証券取引法違反(風説の流布)容疑で逮捕されました」(同)
ブランデーを、半分に切ったメロンに注いで飲む遊び
続く06年のことである。
「大阪のIC機器製造『日本エルエスアイカード』の架空増資事件で、電磁的公正証書原本不実記録・同供用の罪に問われました。東京佐川事件当時のように大きく報じられることはなくなったものの、松澤容疑者はとにかくマネーゲームに身を置き、破綻するとまた次へ移る。これを繰り返していたようです」(前出の捜査関係者)
そうしたゲームは女性関係にも及んでいたようで、
「松澤さんの近くには、いつも女性がいましたね」
と、古くから松澤を知る男性が明かす。
「柔らかい物腰としゃれた服装の松澤さんは、夜の蝶にとてもモテました。外車に乗って金払いもいい。クラブにブランデーを10本取り寄せさせて、半分に切ったメロンに注いで飲むなんて遊びもしていました。昔はそれこそ、片手で収まらないほどの女性と親しくしていましたよ」(同)
還暦を過ぎた十数年前からは、ネオン街に出向く回数が少しずつ減少。それでも常に親しい女性はいて、
「昨年はこんなことがありました。松澤さんが自宅とは別に借りていたマンションにカノジョを出入りさせていた。そのカノジョとの関係が拗(こじ)れたときに彼が印鑑などの私物を取るために部屋に入ったら、住居侵入で告訴されたのだとか」(同)
結果、昨年10月、警視庁板橋署に逮捕された。
「松澤さんは“自分が家賃を払っている部屋に入って何が悪いんだ”と冤罪を訴え、不起訴になりました。だけど実は、その部屋はほかの愛人女性にも使わせていたそうです」(同)
老いてなお盛んな金庫番。栄華を極めたバブルの日々が忘れられないのだろう。






