コメ価格は「農家が大規模化すれば安くなる」のか? “離農”が「クマ被害」急増に影響を及ぼす“知られざるリスク”とは
大規模農家は利益だけを追求
「零細農家である私が現状を見て不安になるのは、未来のビジョンがまったく見えてこないことです。小泉進次郎・前農水相は『コメが足りないから備蓄米を放出する』と発表し、鈴木憲和・農水相は『増産は米価の下落を招くからおこめ券で対応する』との見解を示しました。ただ、お二人とも近視眼的な発言ばかりで、長期的な農政については何も言及していません。例えば備蓄米は国民が1・5カ月食べる分を保管していますが、これは適切な量なのでしょうか? 農家の高齢化対策は何もしないのでしょうか? 新規営農者の補助事業は実施しないのか? 輸出を増やすなら具体的な道筋はどうするのか? どの問題も重要なものばかりですが、まったく曖昧なままです。そのため農家だけでなく、多くの国民の不安を煽っているように思えます」(同・木村氏)
農業に対する国家的ビジョンはまったく描かれていない。これだと農村は“何でもあり”の世界になってしまう。大規模農家が自己の利益を最優先にするのは当然だと言える。
「そもそも日本の農政は農作物の生産に対してほぼ補助が出ません。日本のコメが外国のコメに値段で勝てるはずがないのです。農家が利益だけを考えたら、高止りしたコメ価格での勝負を考えるのは必然です。というより、それより他に勝機がないのです。そのため以前は集荷量で圧倒的優位を誇り、結果的に米価を低価格に誘導していたJAにコメが集まらなくなっています。JAも負けじと米価を上昇させることで集荷量を増やそうとしており、結果としてコメ価格が高騰するという消費者にとっては“悪循環”が起きているのが現状だと思います」(同・木村氏)
大規模化で解決しない現実
短期的なスパンであれば、コメ価格の上昇は大規模農家にも個人農家にも喜ばしい状況ではある。
「しかし消費者は納得しません。パン、パスタなどの麺類だけでなく、外国産米へのシフトも起きています。この動きは『日本人の国産米離れ』を生むだけでなく、『国産米の高級化』も推し進めると思っています。それが農家にとっていいことなのか悪いことなのかは、私には分かりません。ただし、個人的には『目指すべき姿ではない』と思っています。農家が国土を利用して国民に安全安心な食を提供することは大切な役割であり、そのためには多くの国民が手に届く価格で農作物を提供することが大事だからです」(同・木村氏)
農家の収入が安定するための施策と、農作物を消費者が歓迎する価格に落ち着かせる施策は究極的には対立する。
「農家に対する税制優遇や個別保証が実施されれば解決するでしょうが、それは難しいのかもしれません。結局、安く農産物を提供したいと願う農家の我慢比べは続き、薄氷を踏むような思いで営農しているというのが実情です。個人農が次々に離農していくのは、こうした状況も影響しているのではないでしょうか。一方、平地の耕地でコメ農家の大規模化を進めれば解決するという意見もあります。実際、そうした傾向は強まっています。ただ注意したいのは山間地の大規模化は経営的には難しく、国土の7割が山地である日本では、山間地の耕作面積が減少するとコメの絶対生産量も減る可能性があるということです」(同・木村氏)
クマ被害の増加と農業の意外な関係
社会を震撼させている今のクマ問題も、農村の“活力”が弱まっていることが影響を与えているという。
「農業は農作物を生産するだけでなく、国土保全の役割も担っています。ある意味、農業は自然界と人間界の勢力を拮抗させるための“結界”を形成している面があると考えています。近年は農業とともに林業の従事者も激減し、山と里の境界にある保全林、保安林の手入れが滞っています。また、離農の増加で特に山間部の田圃は放置され、クマだけでなくイノシシや鹿の侵入も多くなっています。ただし時計の針を元に戻すことはできません。これまで田圃や林が果たしてきた役割と意義を正しく理解した上で、どんな未来を描くのか、農水相だけでなく多くの国民が考えるべき時期だと思います」(同・木村氏)
第1回【コメ価格「5キロ4316円」で最高値を更新…「おこめ券」が解決につながらない根本的な理由 コメ農家が危機感をあらわにする「2文字」とは】では、離農が相次ぐことで、コメの“絶対生産量”が減少しており、農水省による無為無策が続けばコメ価格が下がる可能性が低いことについて詳細に報じている──。
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