寝室一面にセリフを貼り、ベッドに寝ながら懐中電灯で…「仲代達矢さん」死去 “生涯俳優”を貫いた極意

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81歳で初の一人舞台

《「監督は覚えてないかもしれないけど、「七人の侍」でエキストラをやりました」そう話すと、「あの時のことははっきりと覚えている。お前がちょっと面白そうだったからこそ、撮影に半日かけたんだ」という答えが返ってきた。黒澤監督のその言葉を聞いて、「仕方ない、出ようか」という心情になったのです。》

 以後、仲代さんは「椿三十郎」「影武者」「乱」と黒澤映画の常連になっていく。主演した「影武者」はカンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)も受賞した。だが、それでも仲代さんには「自分は新劇役者」との思いがあった。

 2014年10月9日号ではグラビアページに登場し、舞台への思いを語った。当時81歳の仲代さんは、初めての一人舞台「バリモア」の稽古の真っ最中だった。舞台は1942年のニューヨーク。ハリウッドで活躍した大スターのジョン・バリモアは、年を取りアルコール依存症にもなって、かつての当たり役「リチャード三世」のリハーサルに臨んだもののセリフは出てこず、過去の栄光が脳裏をよぎる……。

 仲代さんは当時こう答えていた。

仲代:これねえ、悲しい話なんですよ。いろんな役者がいますけど、こういう一時頂点を極めた人っていうのは人に持ち上げられて、それがまあ年齢とともに、それから肉体とともに衰えてくるわけですよ。バリモアさんは実際に60歳で亡くなりましたが、私はそろそろ82になります。僕も役者だし、バリモアさんも役者、役者が役者を演ずるということは、多少自分をさらけ出す、暴露する。もう最後だからいいかと。役者って実像と虚像とを生きているでしょ。バリモアさんの姿を借りて、同じような境遇にある81歳の老いぼれ役者が自分を暴露しようかな。それをお客さんがどう思うかわかりませんし、ブーイングで帰る人もいるかもしれませんけど、それはそれでいいじゃん。

――観客に喜んでもらえなくてもいい?

自分のやりたいものを

仲代:60数年、果たしてお客さんは喜んでくれるかなとか、感動してくれるのかなと思って、ずーっとやってきたわけです。お金払って劇場まで来て、ああやっぱり演劇って面白いなと思わせる、来た甲斐があるものを作り手は見せないといけない。プロはその技を極めないといけないんです。特に舞台の場合は誰も助けてくれませんから。次世代に願うことは、プロフェッショナルな役者になってほしい。

――それがなぜ、自身の「バリモア」はウケなくてもいいと言うのだろう。

仲代:もちろん「バリモア」も感動してもらいたい。ですけど、それよりも自分のやりたいもの、そろそろ横着にわがままに、自分のやりたいものをやらしていただこうかなと思って……。僕はそろそろ“末期高齢者”だそうです。足腰は痛いし、舞台に立てるかどうか限界のところに来ています。「バリモア」には「夢が後悔に変わるまで人間は年を取らない」というセリフがあります。実はこの台本は「晩年にやってみたら?」と言われて99年にいただいたもので、ずっと温めてきたんです。この作品を演じるのが夢でした。

――そしてこう語った。

仲代:スポーツ選手と違って役者には引退がない。舞台で死ぬのが役者の本望と言いますが、僕はイヤだ。

――「バリモア」は14年10月から11月にかけて上演された。その出来を気に入ったのか、それとも他の演じ方を思いついたのか、90歳になった仲代さんは23年3月から5月まで「バリモア」を再演した。2時間近くをしゃべり通す一人舞台である。だが、とある悩みがあった。

仲代:普通の人よりセリフ覚えが悪くてね。若い時から、30代から、こんな馬鹿なことやってるんですよ。

 そう語る仲代さんは、セリフを紙に書き写し、寝室にびっしりと貼って、夜中もベッドに横たわりながら懐中電灯で照らして確認しているのだという。“生涯俳優”を貫いた仲代さんのセリフ覚えの極意が、ここにあった。

デイリー新潮編集部

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