「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」が起こした「令和の香港ブーム」 立役者のソイ・チェン監督が歩んだ紆余曲折

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自腹を切って再撮影を命じたトー監督

 そんな苦しみを経て、チェン監督は「アクシデント」(2009年)と「モーターウェイ」(2012年)の2本を制作した。どちらもプロデューサーはトー監督である。

「プロデューサーとしてはいい人でもあるんですよ。(「アクシデント」は)1年半かけても脚本ができなかったのですが、トー監督は『もういいよ、撮ろう』と。撮りながら考えていけばいいといった感じですね」

 ただし、「モーターウェイ」については「私にとっての災難」と苦笑した。警察と犯罪者の壮絶なカーチェイスを描く予定だったが、予算は少なく、カーチェイスの撮影も初めてだったからだ。

「撮り終えて編集の段階に入った時、私は別のプロジェクトで中国にいたので、最初の映像をそこへ送ってもらって観たのですが、『これはダメだな』と思いました。もう本当にモニターを壊してしまおうかと。あまりにもひどい映像だったんです」

 慌てて銀河映像に連絡すると、同じ映像を観たトー監督が「早く香港へ帰れ」と言った事実を知らされた。そこでチェン監督は「まだチャンスは残っている」と予想。実際、香港に戻ると、トー監督が費用を負担しての再撮影を命じられた。

「トー監督は7~8日間で撮れると思ったようですが、私は16日間と希望を伝えました。トー監督は『そんなに何を撮るんだ!』と言いながらも、結局はチャンスを与えてくださったんです」

大作の制作で得たもの、失ったもの

 チェン監督はその後、中国で「モンキー・マジック 孫悟空誕生」(2014年)を制作した。莫大な予算が用意された娯楽作はヒットを記録し、「西遊記 孫悟空 vs 白骨夫人」(2016年)、「西遊記 女人国の戦い」(2018年)と続く。だが、この成功とチェン監督の心の満足度は比例しなかった。

「映画制作のキャリアに関しては、いろいろと助けになった部分が多いと思いますが、正直なことを言うとクリエイティブの部分、特に自分自身の成長過程においては、それほど大きな助けにならなかったと感じます」

 大規模作品の制作経験から多くを学ぶ一方で、「この先もこうした娯楽作を撮り続けるのか」と自問自答を繰り返した。そこで西遊記シリーズの3作目を撮った時、「もう一度自分自身を見つける」ために「香港で本当に撮りたい映画を撮ろう」と決心した。

 そうして生まれた作品が「リンボ」(2021年)。香港のスラム街、猟奇的な連続殺人、ダークバイオレンスと、チェン監督の持ち味を詰め込んだ全編モノクロ作品である。

「この作品で、西遊記の世界からまた別の世界に連れて行ってもらおうと考えました。自分は本当に映画が好きなのか、映画制作が好きなのかと、繰り返し自問自答しながら撮影した作品です。この作品があってこそ、今の自分があると思います」

 主演のラム・カートン(林家棟)は「銀河映像」時代の同志でもある。そんな2人が組んだ「リンボ」は、2022年の香港電影金像奨で最優秀脚本賞・撮影賞・美術賞などを受賞。続けて組んだ「マッド・フェイト 狂運」(2023年、2026年1月より日本公開)では、チェン監督が2024年の最優秀監督賞に輝いた。

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