投手経験1年でプロになった「小林宏」本人が明かす“覚醒の瞬間” オマリーとの14球は「一人のバッターとの勝負でしかない」(小林信也)

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イチローが背を向け

 第3戦も落とし、後がない4戦目。2戦、3戦に続いて延長にもつれ込んだ。守護神・平井正史は2戦続けて痛打され、不調だった。

「延長10回裏に入る時、ブルペンで『小林行くぞ』と言われました。『えー。オレ?』、思わず叫びました。でも実際ブルペンには他に誰もいませんでした」

 10回裏は三者凡退。11回裏、代打荒井幸雄に四球。続く土橋勝征にレフト前に運ばれ1死一、二塁でオマリーを迎えた。二塁にいる代走・橋上秀樹がかえればサヨナラの場面。小林は冷静だった。

「2球で2ストライクを取れたのが大きかったですね」

 オマリーはスライダーとストレートを見送った。それからボールを一つ挟んでファウルが続く。7球目、高めに行ったストレートをオマリーは捉えた。

「スタンドまで飛ぶとは思いませんでした。だから僕はサードのベースカバーに走りました。すごい歓声で振り返るとイチローが背を向けて打球を見送っていた。『え、終わり?』、次の瞬間、線審が両手を上げた」

 そこからボールを挟んでファウルが三つ続く。12球目。さらに大きな飛球がライトポール右の空に消えた。小林は帽子を取って汗を拭う。スタンドは「オマリー、オマリー!」の大合唱。捕手・中嶋聡がマウンドに走り、「何いく?」と聞いた。小林は「スライダーでいってみますか」と答えた。

「緊張はしていましたが、自然体というか、よい集中ができていました。いつ終わるんや、とは思いましたが(苦笑)」

 そのスライダーは外れてフルカウント。そして運命の14球目。渾身のストレートが真ん中低めに沈んだ。「投げた瞬間、フォアボール、満塁だと思った」が、オマリーが強振、バットは空を切り、勝負に決着がついた。

「力んでボールが落ちてしまった。今で言うツーシームですね(笑)。気持ちで負けていなかったということでしょうか」

 12回表に4番D・Jが決勝本塁打を打ち、小林は12回裏も三者凡退に抑え、オリックスは第5戦に命をつないだ。

小林信也(こばやしのぶや)
スポーツライター。1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。「ナンバー」編集部などを経て独立。『高校野球が危ない!』『長嶋茂雄 永遠伝説』『武術に学ぶスポーツ進化論』など著書多数。

週刊新潮 2025年11月6日号掲載

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