電話を切った長州力は「ドーム押さえてくれ!」と吼えた…プロレス史に輝く「伝説の10・9」が“東京ドーム開催”に決まった衝撃の舞台裏を完全再現
「僕がいた時の新日本は、態度で示す団体だったんですが」(髙田延彦)
正式には10分遅れの、8月24日、午後2時10分に開始。出席者は、鈴木健、安生、そして、言葉通り、髙田もこの場に出て来ていた。この開催が決定したのは、前夜の午後8時で、極めて緊急の設定だった。新日本の会見と、意図的に合わせて来た底意が想像できた。
だが、驚くべきことに、語られたのは、新日本とのやり取りの終結の意向だった。
「(新日本の対応に関しては)『売名行為である』とか云々。このような回答しか出せない団体に対して、我々がこれ以上、真剣にお話しすることは無駄な労力であって、マスコミの皆さんの貴重なお時間をお借りするのも申し訳ありません。法的に新日本さんに対して行動には出ますが、その経過等はあえて公の場でお話しする必要もないと判断致します。
ただ、署名入りの文面で、長州力が、『髙田に対して席に着く用意はある』と。それに対する返答は、髙田のほうからお話しさせて頂きます」(鈴木健・注UWFインター取締役)
「大体僕の名前で今回の(Uインター側の)一連の意見は出てるということで……個人的な見解としましては、(こちらの)正式な意見にバカだ、アホだ、と。前向きなものが出ない状況なんですね。僕たちは、『(山崎の契約問題に対して)筋道が通ってないことを、どうお考えですか?』という問いをしただけです。それに対して向こうが、喧嘩腰で対応して来たのが現状ではないかと思っております。
まあ、僕がいた時の新日本というのは、こういう団体じゃなかったんじゃないかな? 常に前向きに話を進めるなど、態度で示す団体だったんじゃないかと思います。今の新日本には、長州力選手には、そういった勇気がないと思います。これ以上、誌面の上でも好ましくない言葉のキャッチボールというのをしたくありませんので、今回の件については、これで終わりになるじゃないか、と思っております。
(東スポで髙田が対抗戦に前向きかつ、相手は武藤だとしたことについて)あれらしき発言は、全くしてません(苦笑)。ただ、そういう潰し合いの機会が来たら、遠慮はしないという気持ちはあるよ、とは言いました」(髙田)
やはり『東スポ』の拡大解釈だったのだ。
新日本プロレスより、10分遅れで始まった会見は、意外にもコンパクトにまとまり、新日本の会見より早く、午後2時32分に終わった。
電話をかけていた柴田記者が、それを切り、顔をあげた。
「髙田選手は、会見で(vs新日本に対し)あまり前向きな発言をしてないようです」
Uインターの会見が終わったので、改めて、Uインターの会見にいた『東スポ』の成田記者と、連絡がついたのだった。長州は笑った。
「それは別に、ビックリも何もしねーよ(笑)。(中略)あと、何かあります? マスコミの方も、もう触れないほうがいいんじゃない? そういうことで、いいですか?」
午後2時40分、新日本の会見も終了した。長州は会議室から退席。自分のデスクに座り、雑誌を読み始めた。全てが終了したのかと思っていた。
だが、ここから局面は反転した。それも、分刻みで。
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