毒舌芸人が出版ラッシュ 鬼越トマホーク、しんいち、井口…嫌われ者が「ビジネス書」界を席巻しているワケ

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本質的な批評

 さらに彼らがビジネス書まで出せるのは、彼らの毒が単なる攻撃ではなく「本質的な批評」になっているからだ。たとえば、井口の毒舌は、あらゆる方面に噛みついているようでいて、実際には誰もがうなるような鋭い指摘にもなっている。彼自身も、悪口を言っているわけではなく、ただ真実を伝えているだけ、というスタンスを崩していない。だからこそ彼の毒舌は多くの人の支持を受けているのだ。

 鬼越トマホークやお見送り芸人しんいちがやっていることもこれに近い。彼らは誰よりも場の空気を読んでいるし、噛みつく相手に対する情報収集や下調べもしている。悪口を言って相手が本気で怒り出せば気まずくなるし、的を外したことを言っても笑いにはならない。彼らの毒舌は、実は徹底したリサーチと人間観察と洞察に裏付けられたものなのだ。

 また、彼らのような芸人は自己分析の達人でもある。芸人という職業は、自分の立ち位置を把握し、それをどう笑いに変えるかという作業の連続である。彼らは自分が嫌われ役であるという自覚を持ち、それを逆手に取って武器にしている。

 鬼越トマホークは、自分たちが賞レースで勝てるようなネタを作れる芸人ではないと割り切っている。だからこそ、それ以外の道を模索して、毒舌キャラを打ち出したり、YouTubeでの活動に力を入れたりしている。

 彼らは自分の弱点を冷静に見つめて、強みにフォーカスしてそれを商品化する力を持っている。これは、まさに現代のビジネスパーソンに必要なセルフブランディングの感覚そのものである。

 出版社が彼らのような芸人に注目する理由も明確だ。ビジネス書には「共感」が不可欠である。圧倒的に上の立場にいる成功者による高みからの説教を聞かされても、自分とは違う世界の人だと感じてしまい、読者の心は離れてしまう。ビジネス書の著者は読者が自然に共感できる存在でなければいけない。

 その点、努力や成功を美化しない現実的な視点を持っている毒舌芸人は、ビジネス書に向いている。彼らは決して偉そうにしたりしないし、成功を勝ち誇ることもない。庶民の目線に立って、本音を力強く語り、強いものに対して噛みついていく。そんな彼らの「ダメな自分でも生きていける」という等身大のメッセージが現代人には深く刺さるのだ。

 社会の先行きが不透明な時代には、個々人が自分の力で強く生き抜いていかなければいけない。あえて汚れ役を引き受けてたくましく芸能界をサバイバルしている毒舌芸人の生き様は、厳しい時代を生きるビジネスパーソンにとって大いに参考になるものなのだ。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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