「顆粒だしはありえない」「冷凍食品は手作りじゃない」 竹内涼真が“トンデモ男”を熱演するドラマが興味深い

  • ブックマーク

「カレーは野菜を切るだけで料理じゃない」「顆粒だしやめんつゆを使うなんてありえない」「冷凍食品を使った弁当は手作り弁当ではなく解凍弁当」「レンジで加熱は味が落ちる、作り立てがベスト」。主人公がメシに関してとにかくうるさく、決め付けは度を超えている。自分の彼女が作った筑前煮は最高だとのろけるが、筑前煮(しかも根菜類は飾り切り)がどれだけ手間のかかる料理か、分かっていない。料理をしないくせに、料理に異様なこだわりがあって他人にもそれを押し付けてくる。スペックも外見もハイクラスだが、こんなコバエより煩わしい男をどう思う? そんな男が登場するドラマが「じゃあ、あんたが作ってみろよ」。昭和を引きずった男と、そんな男にかいがいしく尽くす女は極端にデフォルメし過ぎと思いきや、物語は破局から始まり、それぞれが価値観の新しい扉を開いていく。名作「凪(なぎ)のお暇(いとま)」(2019年・TBS)を彷彿とさせるが、喜劇味と教訓が強めで、実に興味深い。

 亭主関白という化石のような価値観を持つ海老原勝男、演じるのは竹内涼真。すごくしっくり。爽やかな美男子だが、古臭い設定にぴったり。シャツをパンツにインしてきっちりベルトする姿が昔懐かしの吉田栄作に通ずるものもある。今となってはゆがんだ価値観の「男らしさ」を親に刷り込まれ、勘違いしたまま誰かに訂正されることもなく、大人になっちゃったタイプだ。

 勝男の大学時代からの恋人・山岸鮎美を演じるのは夏帆。男に苦労してきた母や姉を反面教師に「条件の良い男を伴侶にすること」だけを追求してきた。モテるための徹底したこびの仕草は同性から敬遠され、親友は皆無。結果、主語も主体性も迷子に。夏帆が「女の再生」を見せてくれるはず。

 大学でミス&ミスターにも選ばれた美男美女の二人は同棲生活を送っていたが、勝男の突然のプロポーズに対して、鮎美は「無理」と即断って、別れることに。

 この手のドラマでは独善的な男が責められがちだが、心の闇が深いのは「自分がない」女の方だと思った。

 実際、勝男はいい後輩に恵まれ、自分の偏見と狭量さに気付かされる。決め付けが激しい勝男に対話でやんわり悟らせる白崎(前原瑞樹)や、直球でダメ出しする南川(杏花)。鮎美への思いを断ち切れずに、夜な夜な筑前煮を作ったり、なぜ断られたのかを熟考して反省する、案外素直な勝男を涼真が熱演。ハマり役だな。

 で、鮎美は男に気に入られることだけ考えてきた人生で友達もいないため、人との距離感の詰め方がおかしい。初めて担当した美容師・渚(サーヤ)に感化され、黒髪をピンクにしてすっかり懐く。「主語が自分」の自由と快楽に目覚めていくが、既に酒屋の男子(青木柚)もうっかり釣れちゃって、引き続きモテ街道爆走中だ。

 大の大人が信条と価値観の崖崩れを経験し、人間の幅を広げていく姿を見るのは本当に楽しい。異なる価値観と多様性をスポンジのように吸っていく勝男と鮎美が元鞘に収まらない方がいいなぁ(決め付ける私)。

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2025年10月30日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。