「土方歳三」と言えばこの人「栗塚旭」 「司馬遼太郎」「三谷幸喜」も唸らせた「生涯現役」の役者人生

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実は声が高い

「撮影所のセットは映画が優先されるので、僕らはロケばかり。唯一のセットは新選組の屯所の近藤勇の部屋で、土方が近藤と相談したり、総司がちょっと覗いたりするシーンしか使えません。屯所の玄関さえ亀岡までロケをしに行かなくてはならないから、とにかく移動が多かった。また朝からロケか……。でも、その移動時間は眠れると思うと嬉しかったですね。とにかく月曜日から土曜日まで撮影。徹夜も多いから、翌朝、炊き出しのおにぎり食べて、また撮影です。日曜日にはセリフをアフレコというスケジュールで、休みどころか寝る時間がなかったですから。若くて夢中でやっていたからできたこと。不思議なほどつらくはなかったですよ」

 無声で撮影した映像に後からセリフなどの音を入れるアフレコは、音声スタッフがつけられない低予算ドラマではよくあることだった。「おかけで、邪魔なセミの声や車の音、何よりセリフのとちりを気にしないですんだ」と笑っていたが、土方になりきるための苦労は多かった。

「僕の声は本来、バリトンで高いんです。もし現場で録音していたら、声を張り上げるから『近藤さ~ん』と明るくなってしまう(笑)。土方の低い声をずいぶん練習しました。アフレコでよかったと思いますよ。それに僕は、セリフ覚えも悪いし、チャンバラも苦手。撮影前、監督から兎跳びをさせられたり、『栗塚のドングリ!』と叱られたり、土方らしく見せるために『お前はしゃべるな、笑うな、動くな』と言われていました。それでも、中村錦之助さんの専属も務めたことがある床山さんが、僕の額は広いから『ここにぱらっと髪をたらしたらええ』と、あの土方の髪型を作ってくれた。衣装さんも『何着てもあかんなあ』と言いながら、いつも背中をパーンと叩いて送り出してくれた。みんな口は悪いけどすごくいい人でした。映画全盛期なら、僕のような劇団出身の俳優は撮影所のベテランスタッフに相手にしてもらえなかった。次はテレビしかないとみんなで必死に支えてくれたんです。僕らは恵まれていました」

大河「新選組!」には兄役で

「新選組血風録」は評判を呼び、撮影所には他局のスタッフや映画スターも見学に来たという。栗塚は「燃えよ剣」の映画版(66年)とドラマ版(NETテレビ・70年)でも土方を演じ、人気を博した。

 この他にも、世の中をクールに見つめる謎の男“野良犬”を演じた「俺は用心棒(NETテレビ・67年)」、悪と闘う快男児を演じた「風」(TBS・67~68年)などに主演。「暴れん坊将軍」シリーズ(テレビ朝日・78~02年)では、ここ一番のところで将軍吉宗(松平健)を助ける山田朝右衛門などを演じている。

 04年のNHK大河ドラマ「新選組!」では、脚本家・三谷幸喜氏の希望で土方歳三の盲目の兄・為次郎役で出演。香取慎吾はじめ若手俳優との交流も楽しかったという。

「僕は人見知りはしないから(笑)。あのドラマは実際の近藤勇や土方歳三とほとんど同じ年代の人たちが演じていたでしょう。こんなに若かったんだ、新選組は!と改めて思いました」

 私は栗塚姉弟が京都で営んでいた喫茶店「若王子」でサインをいただいて以来、30年以上にわたりさまざまな形でお世話になった。作詞を担当させていただいた「時代劇体操」のテーマソング「GO!GO!侍ニッポン~私も輝きます~」のPVでは、歌唱する瀬川瑛子姫の後ろで「DJ土方」としてノリノリのパフォーマンスを見せてくれた。

 旧幕府軍と新政府軍が戦った戊辰戦争から150年となった平成29(2017)年。大規模な供養祭が新選組ゆかりの日野市・高幡不動尊金剛寺で営まれた際は、「土方歳三という方がいてくれたから今の僕がある。生涯現役で頑張りたい」と深く感謝。ファンに囲まれ、気軽にサインをしていた笑顔が忘れられない。

 亡くなったのは道場の師範役で出演していた「三屋清左衛門残日録」シリーズの新作撮影に入る直前だった。文字通り生涯現役で活躍を続けた栗塚さん、ありがとうございました。

ペリー荻野(ぺりー・おぎの)
1962年生まれ。コラムニスト。時代劇研究家として知られ、時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」をプロデュースし、「チョンマゲ愛好女子部」部長を務める。著書に「ちょんまげだけが人生さ」(NHK出版)、共著に「このマゲがスゴい!! マゲ女的時代劇ベスト100」(講談社)、「テレビの荒野を歩いた人たち」(新潮社)など多数。

デイリー新潮編集部

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