毒舌もアドリブも“封印” 相性が悪すぎる「紅白」で「有吉弘行」は3度目で本領を発揮できるのか

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借りてきた猫

 これまでにも芸人が司会を務めたことは何度かあったが、そのほとんどは借りてきた猫のようにおとなしくなっていて、ほかのバラエティ番組に出ているときのような生き生きとした姿は見られないことが多かった。

 ただ、これまでの芸人司会者と比べても有吉の評価が低く見える理由は、毒舌キャラのイメージが強すぎて、普通のことを言っていても嘘臭く聞こえるところがあるからだ。

「紅白」の司会者は、基本的に出場する歌手に対してリスペクトを示して、彼らのパフォーマンスを褒め称えることしかできない。普通のタレントがこれをやることには何の問題もないのだが、有吉がこれをやると、歯の浮くような嘘っぽさが漂ってしまう。毒舌を封じられているだけではなく、良いことを言ってもそれをまっすぐ受け止めてもらいにくい。有吉と「紅白」は根本的に相性が悪いのだ。

 それでは、3年目の有吉は「紅白」でどう振る舞えばいいのか。結論としては、今まで通り淡々と進行をするしかない。そもそもここまで述べたようなことは、ある種の「うがった見方」に過ぎないのであって、「紅白」を見ていて司会の役割にそこまで注目している視聴者は多くはない。この番組の主役は歌手たちであり、司会はそれをサポートする役割でしかない。司会という大役を任されている時点で、タレントとしてはすでに勝負に勝っているとも言える。

 あえて欲を言えば、今年の有吉には「3年目の余裕」を見せてほしい。過去2回の経験を踏まえて、今までとは多少違ったアプローチをすることはできるかもしれない。真価が問われる三度目の司会ぶりに注目したい。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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