高市首相に「死んでしまえばいい」で大炎上の「田原総一朗氏」が示す「上手に老いること」の困難さ
あんな奴は死んでしまえばいい
高市早苗新首相の就任を祝う声も多く聞かれる中、その正反対とも言える田原総一朗氏の暴言が大いに注目されている。自身が司会を務める番組「激論!クロスファイア」(BS朝日)の中で、ベテラン女性国会議員らを前にして、高市氏に異論があるのならば「あんな奴は死んでしまえばいい」と言えばいいじゃないか、と発言したのである。
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このような暴言、田原氏にとって通常運転ではある。司会者でありながら人の話をさえぎる。怒鳴る。これは長年、田原氏がテレビで見せてきた独特の司会術で、今に始まったものではない。
「死んでしまえばいい」ほど極端ではないにせよ、共演者に対して「黙れ」「そんなこと聞いてんじゃないよ」と攻撃的な物言いをするのは珍しくなかった。
この芸風を許容、あるいは歓迎していた時代があったのは事実だろう。だからこそ「朝生」は長寿番組となったのだ。
しかし、時代は変わり、人々の許容範囲は明らかに狭くなっている。テレビだから、大物司会者だから、ベテラン・ジャーナリストだから、ということで何でも許されるはずもない。それでも多くの場合、周囲は面倒くさいとか怖いといった理由で、当人には注意しない。したところで聞いてもらえるかは怪しいし、逆ギレされるリスクもあるのだ。こうしてハダカの王様が生まれるというわけである。当然、本人は自分が時代とずれているなどとは夢にも思っていない。
多くの場合、自己認識と他者の評価にはギャップがある。「まだ若いから大丈夫」と思っているのは自分だけ、周囲は「年寄りの冷や水」と思っているという構図はどこにでもある。
高齢者には高齢者として期待される言動や役割があるのだが、往々にして本人はそれを受け入れないものである。田原氏はその典型と言えそうだ。
もっとも、田原氏に限らず、誰にとっても「老い」や他者の評価を受け入れるのは難しい。作家の橋本治さんが正面から「老い」について論じた著書に、『いつまでも若いと思うなよ』がある。還暦を過ぎた橋本さんが、「老いに慣れる」ためのヒントをつづった一冊だ。
ここには人はなぜ「老い」を簡単に受け入れられないのか、その心境が分かりやすく書かれている。抜粋してご紹介しよう。
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老いとは人にとって矛盾したものである
今更言うのもなんですが、やっぱり「年を取る」ということは、人間にとって矛盾したことなんですね。自然の摂理で、体の方は年を取って行くけど、脳味噌の方はそれがよく分からない。「下り坂の思考」に慣れていないから、「老い」が受け入れられない。
矛盾しているのは「老い」の方ではなくて人間の自意識の方ですが、そこのところを反省しても「老い」が順当に認められるわけでもない。だから「老いとは人にとって矛盾したものである」と言ってしまった方が話は早い――「そういうもんだからグダグダ言うな」です。
「老い」というものは、そうやって認めるしかないようなものではあるけれど、「自分はもう年だ」と思って「老い」を認めたとしても、それで老人になれるわけではない――そうである理由というのがやっぱりあると思います。
普通、人間は「少年→青年→中年→老年」という風に年を取って行くと考えられています。(略)この男女に共通する4段階の変化は、ただの外形的な変化で、人の実感はまた別だと思います。
男女の別なく人は、実感として「若い→まだ若い→もうそんなに若くない→もう若くない→老人だ」という5段階変化をするんじゃないでしょうか。
いくつくらいで「まだ若い」の段階になり、その先いくつくらいで「もうそんなに若くない」になるかは当人の自己申告制なので、10代後半で「まだ若い」と思い、20歳を過ぎたら「もうそんなに若くない」と思っちゃう人間もいれば、60を過ぎても70を過ぎても「まだ若い」と思って、80とか90になってやっと「もうそんなに若くない」になっちゃう人だっていると思います。
どこら辺で「若い」の上に「まだ」とか「もう」が付くかは当人次第ですが、つまるところこれは、「老い」に辿り着くまでの「若さ」の変化ですね。だからここには、「若い」とは無縁になってしまった「中年」という区切りがありません。(略)
「人とはそのように往生際の悪いものである」というのではなくて、若い段階で人格形成が起こってしまうから、事の必然として「自分=若い」という考えが自分の中心に埋め込まれてしまうのだと思います。
「若さ」を使い切って「老い」を受け入れる
人間はその初めに「若い自分」という人格を作り上げて、その後は預金を少しずつ切り崩すように、自分から「若さ」を手放して行く――あるいは「若い」が少しずつ消えて行く。そういうものだから、人間は自分の人生時間の進み具合を「若さの残量」で計るようになる。「老い」を認めたくないから「まだ若い」と言い張るのではなくて、「若い」という基準しか自分を計るものがないから、ついつい「まだ若い」になってしまうのでしょう。
「まだ若い」は老人の抱える普遍的な矛盾で、「まだ若い」と思っていた人間が自分の体の老化を認めた時に「若くない」の方向に進んで行って、癪(しゃく)ではあるけれど「老人」になってしまうのでしょう。
でも、ここまでは昔のあり方で、「老人になる」は人生のゴールでもあったから、昔は「老人」になったら終わりです。双六(すごろく)の「上がり」みたいなものですが、超高齢化の日本ではそうなりません。
「自分は老人だ」と認めてから、結構長い「老人のままの人生」が始まります。「老い」というのは、生きて行くのに従って深化して行くものです。
「自分は老人だ」と思って、それからますます「老人」を深めて行くわけですから、「自分は老人だ」はゴールになりません。
「自分はもう若くない」と思ってその先の人生が始まるのですが、これが結構めんどくさいものです。というのは、それまでは基本材料の「若さ」を少しずつ切り崩してやって来たのに、その「若さ」を使い切ってしまったからこそ受け入れた「老い」です。今まで通りにはいかない。
これで、若い時から老けて見られるような人間だと、初めから「そんなに若くない」になっているから、「時間と共に老け込む」ではなくて、「時間と共に自分が自分に馴染んで来る」になるからいいけども、「若い」の期間がへんに長持ちしちゃうと大変です。
「若さ」の預金が少なくなっていることにすぐ気がつけない。そういう事態に対する備えがない。高度成長を達成しちゃった後の日本は、人の基本単位を「若い」に変えちゃったから、この先は自分の「若さ」を捨てられなくて、「老人だ」を認められない人が激増するような気もします。
「老人というのはどうやって生きるものか?」を考えながら手探りで進むしかなくて、誰もが「自分の老い」に関してはアマチュアだというのは、そういうことなんだろうと思います。
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上手に老いること。上手に身を引くこと。その難しさを田原氏は身をもって示してくれているのかもしれない。




