大エースなのに…ポストシーズンでなぜか勝ち運に見放された「悲劇の投手」
レギュラーシーズンでは押しも押されもせぬ大エースであるのに、短期決戦のクライマックスシリーズ(CS)や日本シリーズでは、なぜか勝ち運に恵まれない投手も存在する。代表的な一人が、ソフトバンクのエース・斉藤和巳だ。【久保田龍雄/ライター】
【写真】クライマックスシリーズファイナルステージを前に会見を行ったソフトバンクの選手たち
悪夢のようなサヨナラ負け
ダイエー時代の2003年の日本シリーズ、阪神と2勝2敗で迎えた第5戦に先発した。しかし、1点リードの6回に桧山進次郎に逆転タイムリーを許し、斉藤は負け投手となった。これがすべての始まりだった。
パ・リーグのプレーオフが導入された翌04年も、西武と1勝1敗の第2ステージ第3戦に先発したが、1点リードの6回に中島裕之と野田浩輔に連続アーチを浴び、5対6で敗れた。
2005年もロッテとの第2ステージ第2戦で、5回まで7奪三振と力投したが、1対0で迎えた6回、1死満塁からフランコの2点タイムリー二塁打などで3失点。前年に続いて王手をかけられ、チームも両年ともシーズン1位だったにもかかわらず日本シリーズ進出を逃した。
さらに最多勝、最優秀防御率、最高勝率、最多奪三振の投手四冠に輝いた翌06年も、相次ぐ不運に見舞われた。
西武との第1ステージ第1戦では、松坂大輔と白熱の投手戦を繰り広げた。だが、0対0で迎えた7回、無死一、二塁のピンチにベンチで鼻血の治療を受けた直後、和田一浩に左翼線タイムリー二塁打を浴び、9回4安打9奪三振の力投も報われず、0対1で敗れた。
そして、日本ハムとの第2ステージ第2戦。前日の第1戦で敗れ、あとがなくなったソフトバンクは、斉藤が中4日で先発し、8回まで4安打無失点、二塁を踏ませぬ力投を見せた。
だが、0対0の9回、2四球と犠打で2死一、二塁から、これまで7打席無安打だった稲葉篤紀の二遊間へのゴロが間一髪で二塁セーフとなる間に、二塁走者・森本稀哲が生還し、悪夢のようなサヨナラ負けに泣いた。
右肩筋疲労の影響から、シーズンでは12試合登板に終わった2007年の“CS元年”も、ポストシーズンで雪辱を期したが、勝利の女神は微笑まなかった。
ロッテとのファーストステージ第1戦、2回まで無失点に抑えた斉藤だったが、3対0の3回に足でかき回され、3失点で同点。再び4対3と勝ち越した4回にも、西岡剛のタイムリーなどで逆転され、4回5失点で負け投手に。ポストシーズンでは1勝も挙げられなかった。
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