クルド人への不満を口にする地元の人がどこか納得しているように見える意外な背景
先の参議院選挙で、物価高対策以外の争点として注目を集めたのが「外国人問題」だ。従来、あまり争点とはなってこなかったのだが、参政党や日本保守党が大きな争点として訴えたことが奏功してか、自民党などもこの件について言及することになったのだ。
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インバウンド増加による観光公害のような副作用のほか、近年、高い関心を持たれているのが埼玉県川口市の「クルド人問題」。クルド人に厳しい目を向ける側と、そうした人たちを「差別主義者」と糾弾する側との溝は深く、その対立構造そのものがまた注目されることとなっている。
もっとも、外から見るだけでは見えない事情も存在する。ノンフィクションライターの石神賢介氏は昨年9月以来、川口市に実際に「住んで」みて、この問題の取材を進めている。ウイークリーマンションに拠点を置いて生活してみたのだ。
住民に話を聞くと、単純な「アンチ」でも「多文化共生推進」でもない複雑なスタンスがあることが見えてきたという。
石神氏の著書『おどろきの「クルド人問題」』をもとに見てみよう(以下、同書をもとに再構成しました)。
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「やつらは迷惑」と言いつつも……
西川口駅前のウイークリーマンションに取材の拠点を置いたものの、その周辺ではクルド人はさほど目にせず、トラブルの気配も感じられなかった。
聞けば、解体業に従事するクルド人が多くいるのは市内の赤芝新田という地域だとのことだった。そこを廃材の置き場、いわゆるヤードとして借りているというのだ。
そこで現地に出向き、住民に話を聞くことにした。
「このあたりの道は、やつらのトラックのせいであちこちが割れて、穴だらけです。できれば直してほしいものですけれどね」
そう話したのは、杖をつきながら散歩する高齢の男性。
「やつらのトラックは木材や金属を高く積み上げているでしょ。しかも、よく結束していない。だから、いろんなものを落としていくんですわ。道はボコボコ。クルド人の解体屋の金で道を修繕してほしい。税金を払っていないやつもいるらしいけど、そのくせインフラは好き勝手に使ってる。道を壊しまくっている」
クルド人の解体業者への不満が次々と口から出てくる。ただ、表情も口調も、それほど怒っている様子ではなかった。“やつら”という言い方からも、どこか親近感が感じられた。立ち話だったが、その足元も大きなひびが入っている。転倒してけがをする原因になりそうだ。
ランニング中の年配の男性も、脚を止めて話してくれた。
「そりゃあ、クルド人は迷惑ですよ。クルマは飛ばすし、夜ヤードで酒を飲んで騒ぐこともありますし」
そう話すが、この男性も怒っているふうではない。不満を口にはするものの、どちらかというと穏やかな口調だ。
「でも、あいつら、言えばわかりますよ。先週末の夜も酔って騒いでいたからヤードまで行って、うるさい! と怒鳴ると、スミマセーンって、日本語で謝ってきました。そのまま静まりました」
ほかにも住民の人と会話を交わしたが、迷惑なこともあるけれどしかたがない、という発言ばかり。クルド人と地域住民が微妙なバランスで共生している印象だ。
しかし、 なんとなく違和感を覚える。
お墓の掃除をする年配の女性にもたずねた。
「以前はほんとうに困りました。狭い道なのにトラックで飛ばすのでね。そこに小学校がありますでしょ。登下校の小さい子どもたちが心配でした。でも、今は登校する時間の通学路は車両侵入禁止になっているので、大丈夫です」
とくに困っていないという口調だ。
「ただね、早朝はにぎやかです。クルドの人たちは、朝6時前にクルマでヤードに出勤してくるんですよ。だから、国道から赤芝新田に入る交差点は毎朝渋滞しています。クルマのエンジン音で目が覚めることはしょっちゅうです」
話を聞いた住人は皆クルド人に困っていると言いながらも、共生している空気を醸し出している。
ただ、会話を交わした人の多くが、クルド人のヤードができて、土地の女性が外に出なくなったと話した。とくに年配の女性は怖がっているという。
地元の人たちと話しながら違和感を覚えた。クルド人のヤードと共存しているのだから、トラックの暴走や騒音で日々迷惑しているはず。しかし、クルド人を非難するものの本気で怒っているふうではなかったのだ。
その理由については、地元でこの問題に取り組み続けている青山聖子市議会議員の説明を聞いて納得するところ大だった。
「ヤードの土地を所有する地主さんたちと、借りているクルド人とは、持ちつ持たれつの関係が成立しているんです」(青山市議・以下同)
どういうことなのだろう?
「赤芝新田は市街化調整区域です」
簡単には住宅も商店も建てられない。
「そういう場所なので、土地の借り手はなかなか見つかりません。しかも長い間ずっとヤードなので、土の中には金属片が混っています。農地にするのも難しい。クルド人の解体業者に貸すしか使い道がないんです」
川口市の地主は厳しい状況にある。
「赤芝新田に限らず、治安の悪化で、市内の賃貸住宅も月極駐車場もなかなか借り手がいなくて困っています。そんななか、クルド人は貴重な店子です。彼らは市街化調整区域でも借りてくれます。だから、迷惑行為があっても地主さんたちはがまんして暮らしているのでしょう」
「東京湾に沈めてやる」
赤芝新田の土地はほかに借り手がいないことや、解体業の人手不足事情をクルド人はもちろん知っている。
「解体業は土で汚れて、アスベストの危険もあり、深刻な人手不足の業種・職種です。そして、誰も借りたがらない“訳あり”の土地を日本人から“借りてあげている”こともわかっています。クルド人たちは、日本人のためになっている自分たちを排除するのはおかしい、と主張しています」
このような状況下、青山市議が議会でクルド人に対して厳しい発言をすると、匿名の手紙が送られてくる。
「川口はクルド人のものです クルド人」
「日本人こそ私たちのやり方に合わせるべきだ クルド人」
便箋に大きな文字で書かれていた。送り手はクルド人なのか、あるいは支援団体なのか。切手に捺された消印は長野県内の郵便局だった。
SNSを通して脅されたこともある。
「東京湾に沈めてやる」
「窓の外を見ろ。俺は今お前を見張っている」
自宅近くで誰かが監視しているのだろうかと恐ろしくなった。夜、部屋の照明を暗くして、カーテンのすき間からそっと外を見た。気配はない。でも、誰が見張っているかわからない。
恐ろしくなり、SNSの利用をやめた時期もあったという。
関連記事(「お前、いじめられっ子やったやろ」発言で批判集中 「千原せいじ」が理解できない「クルド人問題」)では、この問題に関する現地住民とそれ以外の人たちとの「温度差」について詳しく解説している。











