「終活」があるなら「終淫」も… 少子高齢化社会で誕生しそうな“新語”を考えてみた(中川淳一郎)

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 終活というものを深く実感する出来事がありました。8月中旬の金曜日、私がコラムを連載している佐賀新聞の担当者から電話が。

「佐賀県多久市の『武冨果樹園』の武冨干城(たてき)さんという方が“ウチのシャインマスカットを一度食べてもらいたい”とのことです。興味があったら電話を」

 すぐに武冨さんに連絡し、翌日、友人と一緒に、私が住む唐津市の隣の多久市へ。

 ビニールハウスの中に長嶋茂雄ソックリのお爺さんがいて、相好を崩しながら、「私は親父から“せめて文藝春秋と週刊新潮を読め”と言われてずーっと購読しておるんや。あなたの文章が好きや!」と言ってくれました。なんと90歳。

 シャインマスカットと巨峰を狩らせてもらい、ご自宅で談笑。87歳まで自分で車を駆って唐津までアジ釣りに行っていたのが、一人での運転も、竿を立てるのも難しくなったとか。

「あなた釣りやるね? 私の釣り道具一式持っていかん? これも終活や」

 そう言われ、ブドウのほか釣り竿や仕掛け、網まで持ち帰らせてもらいました。

 終活とは「死に向けた準備」の意味です。就職活動を略した「就活」のもじりですが、私が就活した1996年当時、終活の語は聞いたことがなく、2000年代から耳にするようになりました。俗な略語といえば大食い番組ですべて食べ切ることを「完食」と称して定着。ネットでは「着丼(ラーメン屋で丼が到着すること)」も使われます。

 略語や略称は高齢者にも伝播力がある。今後、少子高齢化社会で誕生するかもしれない新語を挙げてみます。「完便(一切の残糞感なく便所を出る)」「完朝(一度も尿意で起きることなく朝を迎えられる)」「終淫(エロいことをやめる、考えることすらやめる)」。

 電話がかかってくることが「着電」なら「着喪(知人の訃報が届く)」なども。

 しきりと高齢者によるブレーキとアクセルの踏み間違い事故が報じられ、運転免許の返納を「卒免」などと言って奨励する空気があります。しかし年代別事故割合は、警察庁の統計「一般原付以上運転者(第1当事者)の年齢層別免許保有者10万人当たり交通事故件数の推移」を見ると、20~24歳が551件、25~29歳が約400件。一方、70~74歳が330件、75~79歳は358件、80~84歳は416件、85歳以上約496件。

 そんなに大きな差はないし、そもそも16~19歳は976件でありますよ!

 不慣れな若者もかなり事故は起こすので、高齢ドライバーばかり悪者にしないでもらいたいものです。

 さて、武冨さんは終活にあたり、まずは釣り道具一式を譲ってくれましたが、その1週間後、再び終活関連で処分したいものを伝えてこられました。

 1ドル360円時代に免税店で買ったナポレオンやカミュといったコニャックが大量にあるので取りに来ないかと。早速伺って「全部持ってけ!」と言われたものの、3本だけいただき、飲み終わったらまた来ます、会うのを楽しみにしていますとお伝えしました。

 昨今、「家族にバレないようエロDVDを処分してくれ!」といったご高齢の方からの依頼は多くありましたが、釣り道具と洋酒とは、武冨さん、ご健全です。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』など。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2025年10月2日号掲載

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