「ある条件」に当てはまらない限りは日銀の「年内利上げはない」とエコノミストが読む理由
日銀が「利上げせざるを得なくなる」状況とは
ただ、それでも日銀が利上げせざるを得なくなるシナリオは存在します。それが「為替」です。
金利と為替との関係についてはずっと論点として存在します。例えば、以前よりも大きく円安になっているのは、日銀が金利を上げていないからではないか、という見方ですね。難しいのは、仮に0.25%利上げしたとして、物価に影響を与えられるほどに円高になるかと言えば、そうとも限らないということです。わずかな利上げで為替由来の物価高を解消できるのであれば、日銀も喜んでそうすると思うのですが、「金利と為替」はそう簡単な話ではありません。
少し長期の目線で見ると、ここ数年で1番円安が進んだのは2022年です。ここ数カ月で急に円安が進行したわけではなく、2023年以降はそれほど追加的な円安は起きていないのです。
では2022年になにが起きたかというと、日銀は金利をほとんど触っていないのですが、アメリカがゼロ金利政策を解除し、2023年にかけて一気に5.5%まで金利を上げたのです。そこまで大きく金利差が広がると、さすがに為替への影響は避けられない、というのが当時の状況でした。結果として、ほとんど1年ぐらいで約110円から約150円まで、一気に40円ぐらい円安が進んでしまったのです。
もし日銀がその円安をどうしても解消したければ、金利を今の0.5%から、米国がやったように4%や5%まで急速に上げれば、元の110円ぐらいに戻せるのかもしれません。しかし、今の日本でそんな大幅利上げは現実的ではありません。景気を冷やしすぎて本末転倒になってしまいます。
そういうことはさすがに無理としても、1ドル155円、160円というふうにさらに円安が進むことは、日銀としても避けたいでしょう。5円とか10円の円安ならたいしたことはないと思われるかもしれませんが、先ほど述べたように物価は既に3年半にわたって上がっています。そこへ円安で追加的にコストが上がると、さらに物価上昇が続いてしまいます。
以前は多少円安に振れて製造コストが上がっても、企業はすぐには値上げに踏み切らず、企業努力でなんとかしようという風潮が強かったのですが、今は円安によるコスト増はできるだけ価格転嫁していこう、というふうに企業の考え方が変わってきているように見えます。
言い換えれば、物価の為替に対する反応が、以前よりも大きくなっているのではないかということであり、日銀も昨年あたりからそういう認識を示しています。
次に起きるのは「良い利上げ」か「悪い利上げ」か
現在の為替が1ドル147~149円ぐらいですが、これが例えば155円や160円になると、日銀は為替によるコスト高で2%を超えるインフレが止まらなくなることを警戒し、利上げペースを早める可能性があります。ちなみに、前回の利上げは今年1月でしたが、その時は150円台の後半ぐらいまで円安が進んでいました。さらにもう1つ前の利上げは昨年7月でしたが、その時はいったん160円をつけていました。
重要なのは円安の「中身」です。アメリカ経済が意外と強く、FRBの金利引き下げが続かなくなって円安が進むという場合、インフレと景気が連動する形になるので、それほど利上げは難しくありません。
問題になるのは、アメリカの景気が減速し、日本経済にも影が差している状況なのにもかかわらず、何らかの事情で「日本売り」の円安になってしまうケースです。インフレは進むけれど、景気は逆に悪くなる、それが極端に起きる状況のことを「スタグフレーション」といいます。もともとここ2~3年は「ミニスタグフレーション」が起きているようなものですが、それをさらに悪化させるような円安は、日銀としても対応が難しくなります。
上向きかけている日本経済がこのまま順調に回復していけば、実質賃金が上昇してミニスタグフレーションの問題は解消します。ただ、それがまさにアメリカ経済次第という面が大きいので、つまるところ日銀の金融政策も7~8割はアメリカの状況で決まるということになります。
日銀が「日本売り」を理由とした「悪い利上げ」ではなく、日本経済の回復に合わせる形での「良い利上げ」を実施できるか、その判断基準として重要になるのが、来年の春闘の動向です。
過去2年間のように、物価に追いつかないまでも人材確保のため高い賃上げが継続するのか、それともトランプ関税などを理由にした景気減速の懸念から、その動きがストップしてしまうのか。
年末年始にかけては、企業の経営者が会見などでお話をする機会も増えてきます。そこで出てくるコメントから、賃上げの機運が高まっているのか、逆に下がっていきそうなのか、雰囲気が分かってきます。
恐らく、日銀はそこを見極めようとしているのはないでしょうか。私は年内の利上げは難しいのではないかと見ていますが、年末にかけて春闘に向けたポジティブな兆候が見えてくれば、来年に入ってからの利上げは十分可能になってくると思います。
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