「ある条件」に当てはまらない限りは日銀の「年内利上げはない」とエコノミストが読む理由
アメリカの消費が底堅く推移する「裏事情」
1年ほど前は、「日銀はこれから着々と利上げを実施していくだろう」という雰囲気でした。それにストップをかけたのが「トランプ関税」です。ただ、今のところは、この関税が世界経済に大きな悪影響を与えた痕跡はありません。
アメリカのGDP(国内総生産)は約70%を個人消費が占めるのですが、その個人消費が今のところ底堅く推移しているのです。皮肉なことに、それには関税を理由とした「駆け込み需要」が関係しています。
日本でも消費税が上がる前に商品がどんどん売れて、その後は反動でしばらく消費が落ち込んだということがありました。アメリカの多くの企業も、関税が上がる前に輸入量を増やしていて、半導体や電子機器、医薬品などの在庫を大量にストックしています。アメリカ製品の多くはアジアで作られているので、そうした駆け込み需要は一時的には日本の製造業にもプラスに働いたとみられます。
ただ、逆にそうした需要が萎んで、これまでの反動が一気に出てくると、年末や年始にかけていったん景気が落ち込む可能性があります。その点が気がかりであるために、まずはその影響を見極めたいというのが、今の日銀の基本的な見方だと考えます。
物価指数の内訳と日銀の判断基準
では、国内の物価に目を向けるとどうでしょうか。政府・日銀は「インフレ目標2%」を掲げていますが、物価指数はこの2%という数字を、41カ月連続、実に3年5カ月連続で上回っています。つまり、機械的に「2%を上回れば利上げ」とするなら、利上げをしない理由はないと言えます。
しかし、前の項でお話した通り、物価だけでなく景気にも配慮する必要があるうえに、いま上がっている物価の多くの部分が実は「食料」であることも、日銀の判断に影響を与えています。
実は、日本のインフレ状況を判断するために用いられる指標である消費者物価指数は、「総合」では3%近くとなっていますが、食料と電気・ガスなどエネルギーを除くと、足元の物価上昇率は1.6%という数字になり、目標である2%を下回っているのです。
最大の要因は、ニュースでも盛んに取り上げられた米の価格高騰ですが、備蓄米の放出もあり今後さらに価格上昇が続く状況にはありません。
日銀の植田和男総裁は、政策決定会合の後の記者会見で「基調的な物価上昇率は2%を少し下回っている」とおっしゃっていますが、その判断はこの「食料と電気・ガスなどエネルギーを除いた1.6%」という数字も参考にしています。
日銀はこの「基調的な物価上昇率」と、トランプ関税を受けての日本と世界との経済状況を両睨みしながら、利上げをするべきかどうか判断しているものと思われます。
日銀内でも意見が分かれた9月の「金利据え置き」
利上げの是非を巡っては、日銀の中でも意見が分かれているようです。9月19日の金融政策決定会合で、日銀は政策金利の据え置きを決めましたが、総裁を含む9人の政策委員のうち2人が据え置きに反対し、利上げをすべきと主張されたのです。
2人のうちの1人が指摘されたのが、日銀が「ビハインド・ザ・カーブ」に陥るリスクです。このビハインド・ザ・カーブとは、金利の引き上げペースが後手に回ることで、あとから急ピッチでの利上げを余儀なくされてしまう状況を指します。そうなれば経済に多大な影響を及ぼしますので、そうなる前に利上げするべきだと、この委員は指摘されたのです。
ただ、基調的な物価上昇率が2%を少し下回っている程度で推移していることを考えれば、利上げペースはゆっくりでも、十分に間に合う可能性が高いわけです。物価が急激に上振れするような状況にならなければ、ビハインド・ザ・カーブに陥るリスクは非常に小さいと考えます。実際には2~3年かけてゆっくりと利上げを進めていくことになるのではないでしょうか。
日銀は物価の安定にもっと責任を果たすべきだ、という人もいます。しかし、結局のところ日銀が持っている手段は「金利の上げ下げ」しかなく、それで物価を全てコントロールできるわけでもありません。
しかも、今の物価上昇は「コストプッシュ」によって起きているという点もポイントです。米の価格が上がっているとか、コーヒー豆の価格が高騰しているのは、需要が強すぎるのではなく、供給が少なくて物価が上がっているわけです。例えば米であれば供給不足を解消するためには増産するしかありませんが、それはもちろん、日銀が指示できることではありません。
コストプッシュ型のインフレというのはよく起きることで、例えば震災などが起きると、流通が滞ることでスーパーにモノがなくなり、一時的に物価が上がることがあります。震災はあくまで一例ですが、実は世の中には、景気とは関係ない要因で物価が上がってしまうということがよく起きるのです。そして、今起きている物価上昇もほとんどはそうした性格のものなので、日銀にはなかなか対応が難しいのです。
それは今の自民党総裁選の後継候補者の言葉にも示されています。5名の候補者全員が「物価高対策が必要」とおっしゃっていますが、誰1人として「日銀は金利を上げるべき」とは言っていません。つまり、いま起きている物価高は日銀の利上げで対応できる性格のものではないということを、政治家の皆さんも分かっているということです。
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