別れた“浮気夫”と森で再会する奇妙な夢 記憶の地を再訪したとき、30代女性は「答え」に気づいた…【川奈まり子の百物語】

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再会は突然に

 こんなところで、独りで、辺りが暗くなってしまったら、さぞ怖かろう。
 
そう思った途端に、さっきの疑問に対する答えが天啓のように閃いた。
 
 謎めいた夫の行動。

 不特定多数の、いきずりの女たち。

 ロープ。

 それらを繋げる解答が、どす黒い恐怖で彼女の心を塗り潰した。

 その直後、真後ろで元夫の声がした。

 世間話に相槌を打つかのような、のんきな口調で、

「うん。そうだよ」

 と、生々しい肉声が……。

 すぐそこに立っているだろうと思わせられるが、そんなはずがない。

「やっとわかった? あのときこうすることも出来たのに……」

 いつの間にか、ロープが首に巻きついていた。

 必死で逃れて車に乗り込み、ドアを閉めると、ロープも元夫も影も形も無く、ほんの刹那の幻覚だったとしか思えなかった。

 幻ならば、害はない? いつかは忘れられるだろうか?

 いいや。……件の“解答”が頭から去らない限り、この怖さから逃れるすべはないことは明らかだった。

お焚き上げ

 インタビューのとき結美さんは、「誰かに聴いてもらいたくて応募しました」と私に言った。

 そして傾聴したのが、以上の話だ。

 知りたくなかったと、今、私は思っている。

「……泣きながら車を運転して、夜になる前に、いったん自分の家に辿り着きましたが、怖くて寝られなくて、マンガ喫茶に朝までいました。翌日出勤し、仕事が終わると千葉県の実家に帰って……ひと月ぐらい実家から通勤していました」

 その間に、神社でお祓いを受け、自宅に神主に来てもらってお浄めをしてもらったという。

「それからは、幽霊が現れることも、捨てたはずのロープが出てくることもありません。もう大丈夫です」

 私は「でも、例の“解答”は?」と彼女に食い下がらずにはいられなかった。

「済んだことですから」

 と彼女は言った。

 だが、もしも……。私も、結美さんと同じ結論に至ってしまった。それが、もしもあたっていたとしたら……。

「そうだ、元旦那さんの消息を確認してみたらどうでしょうか。彼がご無事であれば、私と結美さんの推理は間違っていることになります。そうであれば、どこかの山中ですでに発見されていたり、今後見つかったりする身許不明の女性の遺体について、気を揉む必要がなくなる。完全にスッキリするじゃありませんか」

 つい早口で食い下がった私をいなすように、結美さんは言った。

「……では、もしも彼が本当に亡くなっていたら、どうします? 私はこれ以上関わりたくない。私、何も悪いことはしていませんよね? はっきりした証拠があるでなし、真相を究明する義務や義理はないと思いませんか」

 私は言葉を失い、踏み込み過ぎたことを彼女に謝罪して、インタビューを終えた。

 思えば、私にも、そしてこれをお読みになったあなたにも、そんな義務も義理もない。

 こうして曖昧な罪が希釈されて薄く拡散することを、結美さんは願ったのだ。

 ***

記事前半】では、30代の元サレ妻の離婚の経緯と届いた不審な荷物、ずっと見ていた“嫌な夢”の続きが明かされている。

川奈まり子(かわな まりこ)
1967年東京生まれ。作家。怪異の体験者と場所を取材し、これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としても活動。『実話四谷怪談』(講談社)、『東京をんな語り』(角川ホラー文庫)、『八王子怪談』(竹書房怪談文庫)など著書多数。日本推理作家協会会員。怪異怪談研究会会員。2025年発売の近著は『最恐物件集 家怪』(集英社文庫8月刊/解説:神永学)、『怪談屋怪談2』(笠間書院7月刊)、『一〇八怪談 隠里』(竹書房怪談文庫6月刊)、『告白怪談 そこにいる。』(河出書房新社5月刊)、『京王沿線怪談』(共著:吉田悠軌/竹書房怪談文庫4月刊)

デイリー新潮編集部

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