マージンを抜かれすぎて“高速に乗ったら赤字”の下請けも…運送業界を悩ませる「多重下請」解消に“トラック法改正”も現場からは「意味がない」の声

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 今年4月より施行されている改正貨物自動車運送事業法(改正トラック法)。大手から零細まで全国6万社超のトラック事業者に関わる法改正とあって業界の注目を浴びたが、早くもその脆弱性が露呈しつつあるという。元トラックドライバーでライターの橋本愛喜氏が改正トラック法の最新事情について解説する。

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 トラック法改正の目的の1つとして、国交省は<物流業界の多重下請構造の是正に向けた取組につなげるとともに、実運送事業者の適正運賃収受を図る>ことを掲げています。

 国交省の言う通り、物流業界は長年にわたって多重下請構造のもとで成り立ってきました。きっかけとなったのは1990年、「貨物自動車運送事業法」「貨物運送取扱事業法」のいわゆる“物流二法”が施行されたことです。それまで“免許制”だった運送業が“許可制”に移行し、参入障壁が格段に下がりました。

 その結果として起こったのが事業者の激増です。それまで4万社ほどだった業者が6万3000社にまで急増しました。それに加えて、1990年代初頭にはバブル崩壊が起こった。ただでさえ事業者が増えて荷物の奪い合いになっていたところ、バブル崩壊によって景気が悪化して荷物の絶対量が減ってしまった。

 事業者間の競争は熾烈を極めました。少しでも仕事を回してもらえるよう、荷物を運ぶこと以外の付帯作業に力を入れる業者が出始め、現場からは今も「炎天下で数千もの段ボール箱を手荷役(手で1つ1つ積み下ろしすること)している」、「30kgの米俵を800袋手積みしている」というドライバーの話を聞きます。さらに、荷物のラベル貼りや検品、棚入れ、なかにはスーパーの野菜の陳列までさせられるケースもあり、その大半が無償です。

 付帯作業の増加と同時に起こったのは運賃の激しい価格競争です。運賃の相場が大きく下がったことで、実入りの少ない“おいしくない仕事”はマージンをとって下請けに流すことが常態化し、運送業界の多重下請構造が形成されていきました。運送業界関係者に聞くと、下請に仕事を回すときは「10%くらい引いて下に流す」ことが慣例で、実際にトラックを出して荷物を運ぶ実運送事業者の中には“高速に乗ったら赤字”というところもあります。

 まさに、多重下請構造が<実運送事業者の適正運賃収受>を阻害している構図です。国交省としてもこの事態を苦々しく思い今回のトラック法改正に至りましたが、その内容には運送業界から困惑の声が聞こえてきます。

「抜け道があるならやっても無駄」

 運送事業者には大きく分けて、「一般貨物自動車運送事業者」と「貨物利用運送事業者」の2種類があります。簡単に言うと、前者は一般的な自社で持っているトラックなどを使って運送事業を行う会社で、後者はトラックなどの輸送機関を持たず、自社以外の輸送手段を文字通り「利用」して運送を行う会社です。

 今回、トラック法改正でポイントになったのは「実運送体制管理簿(以下「管理簿」)」の作成でした。多重下請構造の把握のため、荷主から運送の依頼を受けた元請企業に、下請企業の名前や運送ルートなどを記載した管理簿の作成をするよう定めたのです。今年4月に施行された改正法では「一般貨物自動車運送事業者」における管理簿の作成が義務付けられたのですが、「貨物利用運送事業者」に関してはその対象外になっていました。

 一部の運送事業者には「一般貨物自動車運送事業者」と「貨物利用運送事業者」の両方のライセンスを持っている会社があります。ここで問題なのが、こうした事業者は「一般貨物自動車運送事業者」としてではなく「貨物利用運送事業者」として荷物を他社に流せば、管理簿の作成を現行法では免れてしまうことです。

 多重下請構造の解消を願う運送事業者たちは、当初、この管理簿が問題解決の第一歩になると、歓迎していました。しかし、多重下請構造のなかでも一番の問題の要因になっている「貨物利用運送事業者」に管理簿の作成義務がないことが分かると、空気は一変。罰則がなく、行政処分の対象であっても相当悪質な場合に限られていることも手伝い、「こんな政策、意味がない」「抜け道があるならやっても無駄」と、管理簿を作成しない対象企業が少なくないのです。

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