女子校トップ「桜蔭学園」を脅かす20階建てのマンション 権利?ハラスメント?騒動が浮き彫りにする日本の後進性

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新たな出費が嫌だから高層化する

 宝生ハイツが現況の2.5倍もの高さに建て替えられることに対しては、計画が明らかになった当初から疑問の声が上がっていた。約70メートルの建物が建つのは、桜蔭学園との境界の擁壁からわずか4メートルの位置で、周囲の住民からも、なぜこの場所にこんなに高い建物を建てる必要があるのか、という声が聞こえていた。

 総合設計制度で求められている公開空地についても、疑問が呈されていた。たとえば、江戸時代に由来し、桜蔭学園の生徒たちが「心臓破りの坂」と呼ぶ忠弥坂に大量の土を盛って歩道を拡幅するという計画だが、伝統的な環境が恣意的に改変されるうえ、安全性が確認できない、という疑問が出されていた。

 いずれにせよ、環境が良好だった文教地区に、突如として70メートルの高層マンションが建てば、周囲の住環境は大きな影響を受ける。桜蔭学園にかぎらず、心配が募るのは当然だろう。では、宝生ハイツ側の大義名分はどこにあるのか。

 現在、宝生ハイツの総戸数は69戸だが、現在の新築計画ではこれが3倍近い197戸に増えることになっている。なぜかといえば、建て替えには多額の費用を要するが、戸数を増やして増えた分を売却すれば、現在の区分所有者が新たな負担をせずに建て替えられるからである。

 分譲マンションの建て替えには、所有者の5分の4以上の賛成が必要だと、区分所有法で定められている。しかし、建て替えに際して、新たな出費が必要となれば、二の足を踏む人が増え、5分の4以上の賛成を得るのは簡単ではない。そこで、建物を高層化することで生み出される床、すなわち「保留床」を売却し、得られた利益を建設費に充てようとするのだ。そうすれば、地権者も区分所有者も、高層化されたマンション内の「権利床」に、ほとんど費用を負担せずに入居できる。この人口減少時代に、建て替えられるマンションが必ず大きくなるのは、このスキームに原因がある。

 むろん、メリットがあるのは、地権者や区分所有者だけではない。新築マンションを建てて売るディベロッパーにとってもメリットは大きい。

生存権や学習権よりもマンション所有者の権利

 しかも、彼らが所有する土地から(たとえ周囲の住環境に犠牲を強いてでも)最大限の利益を得るために、建築基準法の総合設計制度が利用されているのである。

 有り体にいえば、宝生ハイツの地権者および区分所有者が、個人資産たる私有地から最大限の利益を生み出す権利が、それこそ最大限に認められる代償として、周囲の住人に環境の悪化が押しつけられている。桜蔭学園の生徒たちの日照も、盗撮などを心配せずに自由に学べる権利も、こうして奪われるのが実態だといえよう。

 日本国憲法第25条では「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」、すなわち「生存権」が保証され、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と規定されている。これは住環境についても当然、国が向上に努めるべきだという趣旨に解釈できる。

 また、1996年6月にトルコのイスタンブールで開催された第2回国連人間居住会議(ハビタットII)では、「適切な居住への権利」が基本的人権であると宣言され、これに日本政府も署名した。

 学ぶ権利に関しても、日本国憲法第26条で「学習の機会と質の高い環境」を享受する権利が認められている。健康で持続的な「環境」で教育を受ける権利は、子どもの健全な成長のために欠かせないという視点から、国際的にも広く認められつつある。

 ところが日本では、マンションの所有者が余計な出費をしないですむことや、ディベロッパーが限られた土地から最大の利益を生み出すことが、住環境や教育環境よりも優先される。桜蔭学園の差し止め請求訴訟からも、東京都が土地の所有者の側に立っているのが明らかである。環境を維持するという目的のもと私権が制限されるヨーロッパとは正反対で、日本の「後進性」を如実に表わしているという点でも、哀しすぎる現実である。

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