ATSUSHIのモノマネ芸人が見せた「露骨な欲望」にドン引き… 「そっくりさん芸」が世間から厳しい目を向けられる理由

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SNS時代が生んだ「そっくりさん」たちの暴走 炎上を起こすのは「見た目重視の承認欲求」

 しかし、外見そっくり芸は同時に「炎上リスク」も抱えている。キンタロー。さんも、出てきた当時はあっちゃんファンの反感を相当買ったようだ。たたかれても長くあのスタイルを貫き続け、あっちゃん以外にもモノマネバリエーションを増やし続けたキンタロー。さんは人気を回復したが、こうした成功例はまだ少ない。

 今回の騒動を起こしたRYOさんは、以前も電撃ネットワークの南部虎弾さんの葬儀で田代まさしさんに「突撃」していたという。本来なら故人をしのぶ場にそっくりさんの姿で現れ、列席者に絡むとあっては、故人や遺族へのリスペクトよりも「注目を集めたい」という承認欲求が前面に出てしまう。「不謹慎」「空気が読めない」と反感を買うのは当然だろう。

 ただ、似た構図の炎上は最近増えている。例えば大阪万博に有名マンガキャラクターのコスプレ姿で来場し、「本物のキャラと会えてうれしいと来場者に喜ばれた」と投稿した女性はSNSで賛否を呼んだ。また、TKO・木下隆行さんは、移住先のタイの僧院で袈裟(けさ)を着た動画を投稿し大炎上。宗教や伝統文化への敬意を欠く行為と批判が殺到し、謝罪コメントを出すに至った。

 いずれも「本物そっくりでしょ?」というビジュアル的インパクトを武器にしている点は共通している。だが、「本物にどれだけ近いか」だけではなく「キャラ愛の深さ」「解釈の面白さ」も評価されるもの。そこに「愛」や「リスペクト」が読み取れなければ、単なる「便乗」「売名」に見えてしまう。とりわけ葬儀会場や宗教施設など、神聖さが求められる場では、「そっくり度合い」を披露すること自体が場違いになる。リスペクトを欠いた「そっくり」アピールは、炎上へ直結するのだ。

承認欲求を商売化することへの違和感 本家以上に問われる覚悟と独自性

 なぜ、こうした行為がここまで批判されるのか。背景には、彼らの承認欲求そのものに対する世間の拒否反応があるだろう。SNS全盛の今、人は「いいね」や「フォロワー」の数で価値を測られる。外見を本家に寄せて「激似」と話題になることは、もっとも効率的に承認を得る手段だ。だが同時に、「努力よりも見た目の一発芸で注目を集めるのはズルい」「そこに本当の表現はあるのか」という不信感も根強い。

 今回のRYOさんの葬儀騒動はまさにその典型だったといえる。「露骨な欲望」が見えた瞬間、観客は冷め、批判に転じる。見た目モノマネは、承認欲求を最短ルートで満たすビジネスであると同時に、扱いを間違えれば「最大の炎上装置」にもなり得るのだ。

 かつて「芸がない」と蔑まれた時代を経て、SNSによって市民権を得た「そっくりさん芸」。葬儀という厳粛な場に「本人そっくり」の姿で現れたRYOさんの行為は、アテンション・エコノミーの時代が生んだ功罪の象徴かもしれない。これからのモノマネ芸は、単に「似せる」こと以上に、「何に敬意を示し、どんな物語を観客に届けるか」が問われるようになるのだろう。

冨士海ネコ(ライター)

デイリー新潮編集部

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