キャスティングの時点で優勝! “今期一番”と言ってもいい「夏ドラマ」とは

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 独身主義でインテリエリートの権化、元検事で弁護士の男が、ネルラという変わった名前の、胡乱だがチャーミングな女と恋に落ちて電撃結婚。しかし、彼女と彼女の家族には喪失感と罪悪感を封印した大きな秘密があった……。サスペンスであり、夫婦と家族のホームドラマでもある「しあわせな結婚」は今期一番の好物だ。もうキャスティングの時点で優勝しとるな。

 寡黙だが、突拍子もない行動が蠱惑的な鈴木ネルラを演じるのは、松たか子。ネルラに翻弄されるも心底ほれ込み、己の職業倫理も既成の価値観も超えたところで愛を貫く覚悟を決めた原田幸太郎を演じるのは、阿部サダヲ。この二人が中高年の結婚の現実をシニカルかつ温度をもって体現。

 日本のドラマでは伝統的に「夫の実家や義母が厄介」というのが描かれてきたが、「妻と妻の実家(しかも男所帯)の距離が異様に近い」というのは珍しい。ちょっと不穏だなと思ってはいたが、そこには理由があった。

 ネルラの実家は太い。缶詰メーカーの元社長である父の寛(かん・段田安則)が所有するマンションのそれぞれの階に、家族全員が住んでいる。独身の叔父・考(こう・岡部たかし)は鈴木家の料理担当。ネルラと年の離れた弟・レオ(板垣李光人)は東大を休学中。母はレオを出産後に亡くなり、立て続けにもう一人の弟・五守(ごしゅ)も海の事故で亡くなった過去があり、一家は団結してレオを育ててきたのだ。さらには事件が二つ起こり、家族はそれぞれが秘密を抱えたまま、結束力だけを強めてきた。

 そこに、天涯孤独&独りの時間が好きな幸太郎が入る化学反応がいい。見ていて、つい幸太郎目線になっちゃう(外様側に思いをはせるのは悪い癖である)。

 独り身または実家暮らしが長く続いた中高年同士の結婚は、お互いの過去との対峙であり、価値観の妥協とすり合わせだ。幸太郎の器の大きさは、寛容・諦観・発想の転換と教えてくれる。ネルラも幸太郎も「相手を好きな理由」をちゃんと伝達している点が、夫婦和合の秘訣(ひけつ)だとも分かる。

 劇中でもさまざまな結婚観が垣間見えた。幸太郎の後輩弁護士(金田哲)は趣味も話も生活環境も合わないが、お互いのスペックだけで結婚(即離婚)。幸太郎が出演する番組のMC(馬場徹)は、作家で同級生の母親(吉川美代子)が離婚したと知って猛アタック、30歳の「年の差婚」を実現。

「しあわせな結婚って、いったい何?」の答えがぼんやりと見えてくる気がした。

 おっと忘れちゃいけない、サスペンス要素。15年前に元恋人・布勢(玉置玲央)が転落死し、ネルラは容疑をかけられた。事故として処理されたが、再捜査にこぎ着けたのが刑事・黒川(杉野遥亮)。執着は正義感ではなく恋心、という変化球は面白かったが、結果的に鈴木家の平穏は崩壊。幸太郎はネルラを守るどころか、自身も窮地に立たされる。主人公が社会的に追い込まれるのも大好物。「おや、まあ、へえ」と、新奇性・斬新さ・説得力のそろった作品がどう着地するか。残り1話、固唾(かたず)をのんで見守るよ。

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2025年9月11日号掲載

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