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半世紀を超える景観保全への取り組み

 高山市の景観保全への取り組みは、日本では歴史が長いほうで、国の指定にゆだねるのではなく、自治体が多岐にわたって条例を定めたり、基準をもうけたりしながら、主体的に行われている。

 歴史地区に関しては、最初は住民先行で町並み保存事業がはじまった。住民の手で上三之町町並保存会が組織されたのは昭和41年(1966)のこと。昭和47年(1972)に、高山市が環境保全や景観保存の条例を制定すると、住民による町並・景観保存会が次々と結成され、市によって市街地景観保存区域も指定された。そして昭和54年(1979)、市が指定した保存地区の一部が、国の伝統的建造物群保存地区に選定された。その後、平成9年(1997)には選定地区に、上三之町の一部、上二之町の一部、片原町の一部、神明町4丁目の一部が追加され、さらに平成16年(2004)、下二之町の一部、大新町の一部も加えられた。

 昭和55年(1980)には、町並みや建築物のほか、市全域で良好な景観をたもち、創造することを目的に、市の内部に「高山市建築物等の形態、意匠保全連絡会議」が設置され、民間で建物が新築される際、建築確認申請の段階で形態や意匠について行政指導できるようになった。この段階では、形態や意匠については行政指導にとどまり、法的強制力はなかったが、平成14年(2002)には、「高山市潤いのあるまちづくり条例」が制定され、開発や建築物の新築に対し、構想段階から届け出や住民説明会を義務づけ、指導や助言、勧告や公表ができるようになった。

 高山市は平成17年(2005)の市町村合併で、約2177平方キロメートルという、東京都に匹敵する日本一の面積を持つ市町村になったが、その後も全市域を対象に、歴史的景観のみならず、自然景観も含め保全と創造に取り組んでいる。平成18年(2006)には、同16年に施行された景観法にもとづく「景観行政団体」となり、「景観計画」を策定。全市域を対象に建築物や工作物のほか、屋外広告や開発事業に対し、さまざまな制限をもうけている。

 さらに今年6月にも、高山市は景観を守るあたらしいルールをもうけると発表した。

守ったから発展し経済的に潤う

 コロナ禍が落ち着いて以降、高山市の中心部にも全国チェーンの企業などの進出が相次ぎ、市民から「町並みと調和していない広告や看板が増えた」という苦情が相次いているという。そこで、市は前述の景観計画を見直し、古い町並みを中心とした景観重点区域と、JR高山駅東側の中心商業景観重点区域では、来年4月から次のようにする予定だという。

 屋外広告物の原色の使用を禁止する。また、町並みの保存地区では、路上に置く看板も1店舗につき2つまでに規制する――。その結果、看板の修正が必要になった事業者に対しては、補助制度も検討するという。

 ここまで徹底した景観保全の取り組みは、日本だけを眺めていると、かなり極端に感じられるかもしれない。だが、景観保全の先進地であるヨーロッパと比較すれば、ごく当たり前の取り組みだといえる。ヨーロッパを旅行して、都市および自然景観の美しさに驚く人は多いが、あれは高山のような徹底した規制によって守られているものだ。

 筆者は若いころから、歴史と自然が豊かな日本における景観保全の大切さを説いてきたが、相手にされないことが多かった。その際、次のような言葉ではねつけられるのが常だった。「町の発展のほうが大事だ」「経済的に潤うことを優先すべきだ」。

 しかし、「経済的に潤う」ことを優先し、「発展」の名のもとに景観を破壊し、東京を真似した金太郎飴のような開発を指向した町の多くがいま、人口の減少や観光客の減少にあえいでいる。片や、徹底して地域の景観を守り、創造しようとしている高山は、世界から観光客が押し寄せ、路線価が記録的に上昇している。すなわち、伝統を守るうえで妥協を廃して、高山という地域ならではの味わいを守った結果、「発展」し、「経済的に潤」っている。

 高山は必ずしも訪れやすい場所ではないが、「高山には行きたい」という外国人、とりわけ欧米人が多い。そういう外国人に、高山のどこがいいのか聞いてみるといいのではないだろうか。そこに、日本という伝統と自然に恵まれた国における景観のあり方、とりわけ地方都市が永続的に潤う方向性が見いだせるのではないだろうか。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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