「朝ドラ」ヒロインにまつわる「ホント」と「ウソ」 俳優はなぜ、日本一の「狭き門」に殺到するのか
狭き門のプラス面は?
朝ドラことNHK連続テレビ小説「あんぱん」のヒロイン・のぶ役の今田美桜(28)は、3365人が参加したオーディションによって選ばれた。朝ドラヒロインのオーディションはプロの俳優と俳優予備軍を対象とするものでは日本一の狭き門。どうして俳優は朝ドラのヒロインをやりたがるのか。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】
***
今田が朝ドラのヒロインのオーディションを初めて受けたのは「まれ」(2015年前期)。それから10年。やっと念願がかなった。ヒロインのオーディションには俳優予備軍から新人、中堅級まで参加するから、常に狭き門なのだ。
10月から始まる「ばけばけ」(2025年度後期)でヒロイン・トキを演じる高石あかり(22)は、2892人の中から選ばれた。トキのモデルは小泉セツ。明治時代の文豪ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の妻である。
高石はTBS「日曜劇場 御上先生」(冬ドラマ)で、親が自分を高校に不正入学させていた生徒・千木良遥を演じた。デビュー9年目になる。
その次の「風、薫る」(2026年度前期)はWヒロイン。明治期に看護界の近代化に力を尽くした看護師2人を実話に基づいて描く。うち1人は制作陣によって選ばれた見上愛(24)。2024年の大河ドラマ「光る君へ」で藤原道長の娘・彰子に扮した。こちらはデビュー7年目だ。
もう1人のヒロイン・上坂樹里(20)はオーディション組。2410人の中から選ばれた。やはり「御上先生」で、学習指導要領に反発する生徒・東雲温を演じた。このドラマには有望な若手が揃っていた。デビュー5年目である。
制作陣からヒロインに指名された見上は1月24日の発表会見で涙を浮かべた。上坂も6月3日の発表会見では目に光るものがあった。2人とも既に順調に活躍しているが、朝ドラのヒロインは特別なのだ。
どう特別か。まず朝ドラは土曜日のまとめを除くと、全部でだいたい125回で、それが15分ずつの放送だから、計1875分になる。一方で民放の1時間の連ドラは1回あたり正味約45分強で、多くが全10回だから、計約450分だ。
すなわち朝ドラのヒロインを務めるということは、全10回の1時間の連ドラを、4作品主演するのと同じ露出量になる。
そのうえ朝ドラは視聴率が突出している。現在放送されている民放の夏ドラマの中で視聴率ナンバーワンは「日曜劇場 19番目のカルテ」だが、個人で6%弱(世帯10%弱)に過ぎない。「あんぱん」は個人が9%前後(世帯16%強)もある。
露出量が多いうえ、観ている人の数が膨大だから、ヒロインの名前と顔は日本中に知れ渡る。全回平均が歴代最低だった「おむすび」ですら個人で7.4%(世帯13.1%)あった。俳優には魅力なのだ(視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区)。
さらにヒロイン役の俳優は多くが飛躍的にイメージを上げる。民放の連ドラの主演にはエキセントリックな役や悪女役もあるが、朝ドラのヒロインではあり得ない。努力家、良識人、立志伝中の人ばかりだ。
CM爆増も
だからヒロイン役の俳優はCMのスポンサーも放っておかない。ヒロインに決まった途端、出演依頼が相次ぐ。
ヒロインは放送中にはCMに出演しないという暗黙の了解があったのは過去の話。NHKのギャラは民放のおよそ半分以下だから、収入源を朝ドラに絞らされると、本人と所属事務所が干上がってしまいかねない。
今田は「あんぱん」放送前の2024年(1~11月)には12社のCMに出演し、全芸能人の中で5位だった。それが放送開始後の時期も重なる2025年上半期(1~6月)には15社に増え、3位に上昇した(ニホンモニター調べ)。今は一日中、今田の顔を観ているような状態である。
増えたスポンサーは阪急阪神不動産、P&Gなど著名企業ばかり。おそらく今田はCMのオファーを全ては受けず、企業イメージや条件の良いものを選んでいる。CMの依頼が相次ぎ、選べる立場になると、誰でもそうなるのだ。
CMの契約金は一律ではなく、商品の利益率や登場媒体の種類、契約期間などによって異なるが、今田なら1社につき年間4000~5000万円は固い。朝ドラのギャラの少なさを補ってもあまりある。
「虎に翼」(2024年度前期)のヒロイン・伊藤沙莉(31)もCMが急増した。2023年にはランキング圏外だったが、2024年は8社で21位に躍進した。
「虎に翼」の放送終了から1年が過ぎようとしているものの、伊藤は2025年上半期も7社と契約し31位。こちらもサントリー、日本マクドナルドなど著名企業が並ぶ。伊藤も契約先を選んでいるのだろう。
[1/2ページ]


