「鉄鋼市場で中国に譲ってはならない国は…」 日本製鉄・橋本会長が明かす 「すでにベトナムやインドネシア、マレーシアは中国の影響下に」
譲ってはならないマーケットは……
櫻井 去年、日鉄は中国の事業から手を引きましたね。
橋本 中国の鉄鋼市場は供給過多で採算が取れません。さらには、一緒に事業を行うと日鉄の中核技術を提供せざるを得ません。
櫻井 中国メーカーは日本にも攻勢をかけている。
橋本 中国からの安値輸出、これは世界中で起きています。日本の対抗策としては、自前の設備を更新して新鋭化させることで、中国が作れない製品のウエイトを増やす。この6年間、われわれは国内で2兆円ほどの大きな投資をしてきました。また中国が狙う海外の重要市場への進出を許さないこと。決して譲ってはならないマーケットはタイです。
櫻井 タイですか。
橋本 タイへの直接投資は、長年にわたり日本がダントツでしたが、去年の統計では恐ろしいことに中国と香港を合わせると日本の約4倍なのです。
櫻井 それは看過できない。
橋本 タイは日本車しか走ってないというイメージは過去のモノで、中国の電気自動車が街中でガンガン目立っている。鉄鋼分野では、すでにベトナムやインドネシア、マレーシアは中国の影響下に入っています。
常に対中国を意識
櫻井 その他の国はどうでしょうか。
橋本 タイ以外では新興国で一番伸びるインド、そしてアメリカ。この3カ国で中国のプレゼンスを許してはいけないと考えています。対中国という観点を抜きに当社の経営戦略は成り立ちません。常に頭の中は対中国を意識しています。
櫻井 鉄など国家を支える基本的産業が伸びなくなっている状況なのに、政府は無策で逆に国力をそぎ落としつつあるのでは。
橋本 産業の基盤である電力政策にしても、日本で投資するための予見可能性が高まったとは言い切れません。残念ながら、日本の政治が社会問題を解決する力はゼロに等しい状況です。
必要なのは「トップ間で交渉できる人材」
櫻井 安倍総理亡き後、日本の政治にはリーダーシップがなくなり、石破政権の下で完全に漂流しています。明治維新の頃の日本は、経済力や軍事力は劣っていましたが、全国から多様な人材が輩出した。明治の末に官営の八幡製鐵所まで生まれた。今の政界には、未来の国づくりを任せられる政治家があまりに少ない。そうした人材は政界より民間にいると思います。企業は自力で生き残る必要から、国益を守ろうという教育もできている。世界を相手にしてきた経営者に、今後の国のあり方をお尋ねしたい。
橋本 今の時代に必要なのはトップ間で交渉できる人材です。国際競争に臨む企業人は、常日頃から緊張感のある交渉などで鍛えられ、市場から評価される世界に生きています。翻って日本の政治家は、選挙の時だけ受かればよくて、要は競争になっていません。アメリカと比べても国会議員の数が多過ぎます。国会で相手をしなければいけない官僚が、本来すべき仕事に集中できず非効率です。これからの時代、民間だけが頑張ってもうまくいきません。官民連携で戦略的に動かないと難しい場面が増えるでしょう。グローバルセンスがあり、強いリーダーシップを持つ政治家が求められます。脱炭素を例にしても、欧州は自分の都合でルールを変えてくる。従来以上に政治のリーダーシップが大事ですが、足元を見たら、日本は逆の方に向かっているのではないかと心配になります。
櫻井 これまでのお話を聞き、国難の時代だからこそ、政府と民間がまとまり、国家として賢い産業政策を打ち出すべきだとの思いを新たにしました。政治がどこまで成長できるかと共に、日鉄の今後に注目しています。
前編【日本製鉄はいかにトランプ大統領を攻略して「USスチール」買収に成功したのか 「買収という言葉は使わない」「議論や説得は無意味」】では、日本製鉄がトランプ大統領を攻略できた理由について、橋本会長に解説してもらった。
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