人事権はなかった、は本当なのか 「日枝久氏インタビュー」で見逃せない「矛盾点」

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人事権はあったのか

 日枝氏の言葉とフジ関係者たちの証言が食い違う部分もある。日枝氏はフジの会長、社長、役員、局長、子会社社長をすべて1人で決めていたと相当数の新旧幹部が断言しているが、本人は否定している。

 2007年から2013年まで社長を務めた豊田皓氏(79)氏も検証特番で「役員の指名も報酬の決定も(当時は会長の)日枝氏が行っていた」と書面で回答。遠藤龍之介・前副会長(69)も検証特番で日枝氏の力の源泉は人事権と証言した。

 だが、日枝氏は自分には人事権がなかったとしている。2022年に港氏を社長に据えたのも当時の会長・宮内正喜氏(81)なのだそうだ。宮内氏は2017年から2019年まで社長だった。

「(宮内氏に)港の社長人事のことを聞いてみました。すると、彼は『港君を社長にしたのは私です』とハッキリ答えました。もちろん相談に来ましたが、決めたのは、あくまで宮内なんです」

 解釈の違いではないか。日枝氏が直接的に人事を決めていたか、それとも間接的に人事権を行使していたかである。

 そもそも人事権の話は矛盾する。1月27日付で辞任した港氏の後任を選ぶ際、遠藤氏が日枝氏に名乗りを上げると、「お前だけは絶対にダメだ」と突き放したという。日枝氏に人事権がないのなら、遠藤氏は許しを得る必要はなかったはずだ。

 日枝氏は長らく遠藤氏を買っていた。だが、旧役員が総辞職することになったにも関わらず、遠藤氏は自分が社長に就こうとしたことなどから、不信感を抱いたようだ。

 日枝氏が遠藤氏と会ったのは1月26日。ホテルの1室で2人きりだった。この場で遠藤氏は日枝氏の辞任も求めた。しかし日枝氏は「まだ事実関係もはっきりしていないのに、闘わずに辞めるのか。僕は辞めないよ」と拒んだ。

 このやり取りは複数のマスコミにそっくり漏れた。2日後の新聞などに載った。

 遠藤氏がリークしたのか。遠藤氏は元広報局長でマスコミに顔が広い。日枝氏のイメージダウンを狙ったのだろうか。これも日枝氏の遠藤氏に対する不信感につながったのだろう。

 結局、社長に就いたのは清水賢治氏。日枝氏はこの人事に関与したかと問われると「それはあり得ません」。金光修氏が清水体制をつくったと聞いているという。

 日枝氏は清水氏にはダメ出しをしなかった。金光氏は日枝氏の最側近として知られる。2月に日枝氏の腰椎圧迫骨折を公表したり、3月27日付のフジ役員人事を日枝氏に事前報告したりした人である。

 後任社長争いは反日枝派の遠藤氏と親日枝派の金光氏の覇権争いだったとの見方も社内にはある。日枝氏はもうフジに影響力がないと言えるのだろうか。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部

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