「日本のシンドラー」はもう1人いた…戦後混乱期に「邦人難民6万人」の命を救った「名もなき英雄」の原動力とは

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「究極の利他」の原動力

 1947年11月に松村が記した手記「東北鮮の脱出工作」には、当時の思いがこう綴られている。

〈日本人の状態は、生活基盤薄弱に加えて伝染病の猛威にさらされ、悲惨の度を加え、これらを徒にソ軍及び朝鮮人側の方針に順応せしめることは許されず、確固たる自主的計画の必要を痛感するに至った〉

 父の急逝による家庭の没落、そして、愛する我が子と弟の死――。親族の証言と資料をたどるうちに、私は思うようになった。これらの深い喪失体験が、松村義士男という人物を突き動かす原動力になったのではないかと。

 彼は自らの人生を差し出して、多くの人々を38度線まで送り届け、北上を繰り返した。それは、極限を生き抜いた者にしかできない勇気ある行為だと思う。

 親族たちにさえ「アンタッチャブル」と映っていた松村の背中には、こうして誰もが知るべき物語があった。人間としての苦悩と再生。その波を全身でくぐり抜けた男の根底にあるのはただひとつ、痛みを知る人間としての「情」だったのではないか。

 第2回【「奪還」の代償に背負った“巨額の借金”……朝鮮半島から「6万人の日本人難民」を脱出させた「引き揚げの神様」の過酷な戦後史】では、「名もなき英雄」が歩んだ知られざる後半生を取り上げている。

城内康伸(しろうち やすのぶ)
1962年、京都市生まれ。中日新聞社入社後、ソウル支局長、北京特派員などを歴任し、海外勤務は14年に及ぶ。論説委員を最後に2023年末に退社し、フリーに。著書に『シルミド「実尾島事件」の真実』『猛牛(ファンソ)と呼ばれた男 「東声会」町井久之の戦後史』『昭和二十五年 最後の戦死者』(第20回小学館ノンフィクション大賞優秀賞)『金正恩の機密ファイル』『奪還 日本人難民6万人を救った男』など。

デイリー新潮編集部

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