「何で自分はこの舞台にいないんだ…4年ごとにこんな思いをする人生は嫌だ」 競技を辞めたはずの男がもう一度馬に乗るまで(小林信也)

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細かな手綱さばき

 馬にも乗り手にも性格や持ち味がある。大岩は繊細過ぎる馬より豪快さを備えた馬が合う。グラフトンストリートはピッタリだった。

「クロスカントリーで障害を越える時、馬の一歩は約4メートルありますが、踏切の距離を合わせなければ障害に突っ込んだり、バランスを崩したり失速します。スピードを極力落とさないようにコントロールしながら各障害に向かいます」

 飛べないと分かれば馬は障害を避け、レースを中断する。そうなれば失権し、成績はなしに終わる。

「大きな大会ではわざわざ難しい障害が設定してあります。例えば水濠に飛び込む時、馬は当然頭を下げて着地します。逆にこっちは上体を起こしますから、手綱を空中で伸ばす必要があります。ところが、パリでも飛び込んですぐ次に幅の狭い障害がセットされていた。これを飛ぶには手綱でコントロールする必要があるので、伸ばした手綱をすぐ引き寄せなければいけない。こうした細かな対応を繰り返す必要があります」

 しかもクロスカントリーは3日前にコースが公開され、下見できるのは乗り手だけ。試乗はできない。馬は初見のコースをあのスピードで走り、難しい障害を次々に飛び越えるのだ。

「グラフトンストリートは3年後には20歳ですから、ロス五輪までに新しい馬が必要です」

 名馬に出会い、購入条件をクリアするには運も必要。

「日本は強いという評価は以前からありました。パリの銅メダルでそれがいっそう確かになった」

 新たなパートナーと出会えるよう祈りたい。

小林信也(こばやしのぶや)
スポーツライター。1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。「ナンバー」編集部などを経て独立。『高校野球が危ない!』『長嶋茂雄 永遠伝説』『武術に学ぶスポーツ進化論』など著書多数。

週刊新潮 2025年8月7日号掲載

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