タワマンに住んで高級車…「嫌味なキャラ」に反感 四千頭身・後藤が「没落」した納得の理由
無名から一躍ブームの中心
「お笑い第七世代」と呼ばれる若手芸人たちがテレビ界を席巻していた時期がある。霜降り明星、EXIT、宮下草薙、四千頭身などがその代表格である。中でも四千頭身は脚光を浴びていて、ほぼ無名の状態から一躍ブームの中心に躍り出た。
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ツッコミ担当の後藤拓実は、独特の間とぼそぼそとした口調が特徴的であり、新世代の若者らしい斬新なキャラクターで注目を集めていた。テレビのバラエティ番組に引っ張りだこになり、一時はタワーマンションに住んで高級車のアウディを乗り回すという、芸人としては夢のような生活を実現させていた。しかし、それは長くは続かなかった。
7月27日放送の「マルコポロリ!」(関西テレビ)では「第7世代の光と闇SP」という企画が行われ、後藤がブームの終焉と、それに伴う自身の「没落」について語っていた。収入も激減し、タワマンからの撤退を余儀なくされたというのだ。なぜ彼はここまで急激に落ち込んでしまったのか。そこにはいくつかの要因が考えられる。
まず、当時の四千頭身が格別に注目された理由を振り返ると、彼らのネタのスタイルが現代的で斬新だと考えられた、ということがある。彼らの漫才はそれまでの王道の漫才とは一線を画していた。テンポが遅く、セリフに間があり、声も小さい。あえて力を抜いたそのスタイルは「脱力系漫才」とも呼ばれ、当時の若者に刺さった。
しかし、その感覚は裏を返せば「一発屋的な新鮮さ」に依存していたとも言える。「お笑い第七世代」が新しい感覚を持った若手芸人であるということをわかりやすく象徴していたのが四千頭身だった。だからこそ、彼らは熱狂的に支持されたのだ。
裏を返せば、本質的な面白さや技術ではなく、表面的な「新しさ」だけに目が向けられていたということだ。つまり、最初から「一発屋予備軍」のような扱いを受けていたということであり、実は危うい状態でもあったのだ。
テレビなどのメディアでは常に新しいものが求められる。一時の新しさだけでは人気は続かない。そのポジションにしがみつくためには、常に変化し続けるか、確固たる能力や技術を見せつける必要がある。四千頭身にはそれができなかった。
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