お人好しの中年男性が妻にそそのかされて“誘拐犯”に さらった子どもは「人為的に作られた天才少女」だった!【ドラマ『誘拐の日』】

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 主人公が意図せずうっかり犯罪や陰謀に巻き込まれていく物語は星の数ほどある。その多くは何かしらの才能や幸運に恵まれ、うまいこと乗り切って解決へと向かう。腕っぷしが強いとか、体力が人並外れているとか、賢く立ち回る知性とか。でも、この主人公・新庄政宗は何ひとつ持たない。不遇で不運なお人よし。テレ朝のうたい文句も「マヌケなおじさん誘拐犯」。そんな無垢な中年を斎藤工が演じる「誘拐の日」は、一言で表すと「女難」かな。

 政宗は施設で育ち、幼なじみの汐里(しおり・安達祐実)と結婚。ところが、3年前に汐里は突然失踪。さらには幼い娘が重い心臓病を患って、治療には億単位の金が必要に。金策に奔走したが、どう転んでも足りない。絶望していたときに妻が現れて、「この子が全部解決してくれる」と少女の写真を見せる。

 その少女は七瀬凛(永尾柚乃〈ゆの〉)。娘が入院している病院の院長の子だ。つまり、汐里は凛を誘拐し、身代金を要求することを政宗に持ちかけたのだった。と、事の発端をまとめたが、単純な誘拐未遂では終わらない、謎と深い闇が絡む展開に。

 誘拐、というか偶然にも凛を助けた政宗は、記憶喪失の割に異様に聡明な凛に圧倒される。身代金を要求しようと院長宅に電話するも誰も出ない。それもそのはず、院長夫妻は何者かに殺害されていた。誘拐だけでなく、殺人の容疑もかけられる政宗。この事件を追うのは所轄の刑事・須之内司(江口洋介)。AC広告の決めつけ刑事(デカ・嶋田久作)とは真逆で安心する。先入観で決め付けない慎重さと観察眼の鋭さは、政宗にとって唯一の救い、とも。

 凛の聡明さはどうやら人為的に作られたようで、その秘密を知っているのが水原由紀子(内田有紀)。脳下垂体腫瘍の薬を開発し、巨万の富を築いた医学博士だ。中国語を話す謎の男(鈴木浩介)の存在も、金と利権の匂いをまき散らしている。凛を巡る人体実験的要素は、施設育ちの政宗と汐里にもどうやら関係があるようで。

 思ったよりも背景が複雑だが、とにかく政宗が浅慮で馬鹿のつくお人よしってところがいい。緊張すると放屁しちゃうところもいい。超絶賢い凛とのバディが好バランスだ。「女難の相」というのは、汐里に誘拐を唆され、凛にダメ出し&説教されて振り回されているだけでなく、16年前の殺人事件も含めてのこと。酔っ払いに絡まれた女性を助けようとして、議員の息子をうっかり死に至らしめた政宗。正当防衛のはずだが、議員によって目撃者は買収され、有罪判決&服役した過去が。

 これだけひどい目に遭いながらも抗わず、他罰的思考に走りもせず、女に、そして社会に優しい。ホームレスとも共生できるし、人として男としてまっとうな政宗を工が体現。我や癖の強い役よりも、無欲で無自覚な男のほうがシンプルに合うなと発見できた気がする。

 柚乃は柚乃で、すっかり「こびない・笑わない・愚図らない」名子役として盤石だ。

 テレ朝の韓国作品リメイクシリーズは定番になりつつあるし、地味に期待し続けてもいいかな、と思って。

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2025年8月7日号掲載

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