「文鳥が手に乗ってきたかのような多幸感」 作家・洛田二十日の執筆に欠かせない”ある文具”とは
手持ち無沙汰な日々は一変
2017年、第2回ショートショート大賞を受賞し、翌年には『ずっと喪』でデビューした構成作家でショートショート作家の洛田二十日さん。独特の発想で人気を博す彼が、日々の相棒として挙げるのは、とある文房具であるという。
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生まれてこのかた、手持ち無沙汰だけは避けてきました。手が暇だと落ち着かないのです。だから、むやみに文庫本を捲ったり、チョコレートを摘んだり、オジギソウをつっついたりしてしまいます。
ところが、彼女の登場により、この手持ち無沙汰な日々は一変してしまいました。今や、それ以前の生活を思い出すのが困難なほどです。
「私の名前を呼ぶと私は消えてしまう。私は誰?」
このなぞなぞの答えは「沈黙」ですが、彼女もまた、似たような存在かもしれません。誌面で彼女について語ることは、彼女の否定に繫がりかねないからです。いえ、それでも臆さず、彼女の名を呼びましょう。
ユニボールワンエフ
それが、彼女の名前。三菱鉛筆から発売中のゲルインクボールペンです。
「書き味」で価値が決定される運命
ボールペンの魅力を活字で語る以上に矛盾した愛を、私は知りません。でも大丈夫。この「ワンエフ」の魅力は、そんじょそこらの、耳鼻科の待合室に転がっているようなボールペンとはわけが違うのですから。
筆記具である限り、ボールペンは「書き味」で価値が決定される運命にあります。インクの出やすさ、擦れにくさ、あるいは乾きやすさ、これが彼らの生命線です。やがて彼らはインクが切れると、替えの芯すら挿れてもらえず、無情にも耳鼻科の床に転がるのでした。
「ワンエフ」もまた他の哀れなるものたち同様、本来は書き味を貪らせるための器具として生を受けました。彼女の前身「ユニボールワン」は、世界で最も黒が濃いゲルインクボールペンとして、ギネス世界記録に認定されています。とはいえ、それはあくまでも「インク」に与えられた名誉であり、そのインクが無くなれば、やはり床に転がる運命なのです。
文鳥が手に乗ってきたかのような多幸感
「ワンエフ」がそんな同僚たちをどのように眺めていたのかは想像に難くありません。彼女は床に転がる同僚を尻目に覚悟を決め、自らを「書き味」という価値から解放したのでした。でも、どうやって?
(しばし、「ワンエフ」を手に持つ)
そう、彼女は「持ち心地」という新たな価値を自らに付与したのです。ここでいう持ち心地とは単にぷにぷにしているとか、滑りにくいとか、そんな即物的なものではありません。もっと深遠なのです。
(再び、手に持つ)
なんて、落ち着く重みでしょうか。最初から手の中に居たかのような錯覚すらします。軸先の金属によって実現した得難きこの低重心は、まるで文鳥が手に乗ってきたかのような、多幸感を齎してくれるのです。
私の手に「ワンエフ」が棲みついて早三年が経過しました。その間も私は、せっせと小説を書き、行き詰まれば「ワンエフ」を握って落ち着き、また執筆に戻りました。彼女のおかげで、新刊も上梓できました。近所のオジギソウだって無事のままです。今や「ワンエフ」は、私の手の伴侶と言って差し支えないでしょう。もはや中にインクが入っているかどうかすら判然としないのです。届け、すべての手持ち無沙汰たちへ。


