八潮の陥没事故を忘れるな…インフラ整備に30年で200兆円 「減税」で下水道は維持できるのか

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キリギリスでは冬を超えられない

 ただでさえ日本の財政は、背筋が寒くなるほど深刻な状況にある。2023年の政府債務残高のGDP比は240%(政府債務残高がGDPの2.4倍)におよぶ。これはG7諸国のなかで云々という次元を大きく超え、比較可能な172カ国・地域のなかで圧倒的に悪い数字である。過去1世紀において、主要国で債務残高のGDP比が200%を超えた例は、ほかには第1次世界大戦後のフランス、第2次大戦期の日本、戦後のイギリスしかないという。

 財政がここまで逼迫している状態で、今後、日本に張りめぐらされている膨大なインフラを維持していくのは、至難の業といえる。少なくとも、可能なかぎり財政の健全化を図ったうえで、国民に説明してさらなる負担を強いないかぎり、私たちは現在享受できている生活の利便性を享受し続けることができないだろう。しかも、がまんすれば平和に暮らせる、というものでもない。八潮市のような事故がいつどこで発生してもおかしくない状況が、放置されることになる。

 今後、人口が急減し続ける以上、よほど景気が上向きでもしないかぎり税収増は望めない。その状況で、インフラの維持管理および更新費を、どう工面したらいいのか。ただでさえ頭を抱えざるをえない状況で、いま物価が高いからといって減税を主張するのは、あまりにも無責任ではないだろうか。

 その財源は常識的に考えれば赤字国債、すなわち、さらなる借金以外にない。イソップ童話の『アリとキリギリス』にたとえれば、いまの家計をわずかながら楽にするために、みんなでキリギリスになろうとしているわけだが、それではいずれ訪れる「冬」を乗り越えることはできない。

多少安い食料品か、道路の頻繁な陥没か

 実際、選挙戦における消費税の減税や廃止という主張は、世界から厳しい目で眺められていた。参院選が公示されると、30年物、40年物の超長期国債の価格が急落した。その後も消費税減税や廃止を主張する野党優勢が報じられるたびに、国債の価格は下落した。

 これはすなわち、日本が選挙後に減税してさらに借金をかかえることになることへの、金融市場からの警戒感の現れだった。日本の財政規律が完全に失われたと判断されれば、海外の格付け会社は日本国債を格下げする。その結果、国債価格が下がれば、市場参加者は大損しかねない。それを懸念して日本国債が売られたのである。

 国債価格が下落すれば、当然、円もさらに下落する。そうなれば円安に主因がある現在の物価高は、さらにひどいことになりかねない。赤字国債を発行して減税するとは、そういうリスクをともなうことである。むろん、すでに述べてきたように、インフラの維持管理も更新もままならなくなる。

 できるはずがないことを、言ったもの勝ちで主張する政党が、どうしてこうも多くなったのか。日本という国の劣化を思わざるをえないが、これ以上財政が悪化すれば、私たちも子孫も、いま私たちが享受している利便性を到底享受できなくなることだけは間違いない。いま減税によって、食料品を安く買う代わりに、将来は道路の陥没に巻き込まれても構わないとするか、安全で便利な将来のために、いまは耐え忍ぶか――。そんな選択を迫られているといっても、言い過ぎではないはずである。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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