タイ・カッブを凌いだ「本当のMLB史上最強打者」の伝説と残酷すぎた運命(小林信也)
「史上最高の打者は誰か」とMLBファンが問う時、答えはあらかじめ決まっている。その問いかけこそが、球聖と呼ばれたタイ・カッブを形容する言葉なのだと聞かされたことがある。
シーズン打率4割以上を3度も記録。24年間の現役生活で12度も首位打者に輝いた。計3034試合に出場し、生涯打率は3割6分6厘。もちろんMLB史上最高打率だ。
と、野球少年は子どもの頃から教えられていた。ところが、いまMLBの公式記録を見ると、1位はカッブではなくなっている。誰かが最近抜いたのか? そうではない。過去の記録が発掘され、認定されて歴史が塗り替えられたのだ。
MLB公認の生涯打率1位は、ジョシュ・ギブソン。「黒いベーブ・ルース」と呼ばれ、かつて存在した黒人だけのプロ野球、ニグロリーグで最高とうたわれた強打者だ。
記録は3割7分1厘。実は2020年に、それまでその存在や歴史を自分たちとは無関係としていたMLBが、ニグロリーグを同じメジャー・リーグと認める方針に転換した。そのため、きちんと集計されていなかったニグロリーグの記録の見直し作業を進め、ギブソンの高打率が判明した。
先に、従来愛好家たちが調べ、伝えてきたギブソンの主なプロフィールと成績を紹介しよう。
ギブソンは、1911年12月、アメリカ・ジョージア州ブエナビスタで生まれた。家族と共にピッツバーグに移り、16歳の頃、工場で働きながら野球を始めた。右投げ右打ち。ポジションはキャッチャーだった。身長は約185センチ、若い頃の体重は約95キロといわれる。
1930年に18歳でニグロリーグの球団に入ったとされるが、詳細は明らかではない。
〈1936年には1シーズン(約170試合)84本のホームランを打った〉
〈オープン戦も含め、通算972本のホームランを記録した〉
といった真偽不明の説が伝わる中で、
「ギブソンの飛距離は半端じゃなかった」「見上げるほどの高さで飛んでいった」という伝説は本当ではないかと胸がときめく。いわく、
〈当時のヤンキースタジアムで176メートルの特大アーチを放った。右翼より広い3階建て左翼席を越える場外ホームランを打った初めての打者〉
〈セネタースの本拠地グリフィス・スタジアムは左翼が123メートルもあるため、セネタース全員でもシーズン9本しか打てなかったのに、ギブソンは一人で10本も打った〉
MLBの公式記録では、ギブソンの通算ホームランは171本となっている。これは「いまも記録集計の途中のため、今後増える可能性もある」という。
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