「さがり」を叩きつけ、感情がむき出しに…大相撲・名物実況アナが即答した忘れられない一戦

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正直「疲れ切った」

 サラリーマンとして43年間働いてきましたが、これほど一つのことに集中した1ヶ月はありません。本当に大変でした。喋る方が簡単だなとつくづく思いましたね。「書き切った」というよりも、「疲れ切った」というのが正直な気持ちです。

 本書の中では、私が中継する中で、感じてきた、見てきた相撲の世界を書いています。一番印象に残っている取り組みを挙げるとすれば、それは間違いなく寺尾対貴花田の一番ですね。あれは平成3年(1991年)、私がテレビの幕内の実況を担当し始めて、まだ4、5年目の頃でした。

 貴花田が押し倒しで勝ったのですが、特に忘れられないのが、負けた寺尾の悔しがり方です。花道を下がった寺尾が、神聖な「さがり」を叩きつけ、タオルも叩きつけたのです。その怒りに満ちた彼の背中の映像は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。

 普段、寺尾という力士は、冷静で礼儀正しい人物でした。とても、「さがり」を叩きつけるようには見えません。その後、「あんな姿を見せてはいけませんね。NHKが撮っているとは思わなかった」と反省していましたが、その剥き出しの感情こそが、見る者の心を深く揺さぶったのだと思います。

 あれは単なる一番に留まらず、二場所にわたる二人のドラマでした。詳しい話は自著に書いていますので、ぜひ、読んでいただければと思います。

 ベテラン(寺尾)が新星(貴花田)の快進撃を止めようと試みるも、それを阻めなかった、という設定自体がドラマ性を帯びていました。相撲の面白さとは、このような物語性にあると考えています。一対一の勝負だからこそ、力士それぞれの心模様が動き、それが土俵上で露わになる。だからこそ観客は感情移入し、熱狂できるのです。

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 第2回【「50年に一人の逸材」元NHK実況アナも絶賛する新横綱・大の里、伊勢神宮でのマル秘エピソード】では、新横綱・大の里について語っている。

藤井康生
1957年、岡山県倉敷市出身。79年にNHKに入局し、大相撲や競馬、オリンピックなどの中継を担当する。2022年から「ABEMA大相撲LIVE」で実況を担当。近著に『大相撲中継アナしか語れない 土俵の魅力と秘話』(東京ニュース通信社)。YouTubeチャンネル「藤井康生のうっちゃり大相撲」が人気。

デイリー新潮編集部

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