「国鉄初代総裁」の轢死体を発見…いまも検証が続く「下山事件」、大学同期の元警視総監が語った“ただならぬ挙動”とは【週刊新潮が見た昭和】
部屋に入るといきなり先客用の茶を…
その田中氏の「死ぬまでいえない」真相とは何か――。
「当初、強く出ていたのは、自殺説でしたね。下山君は、事件の前々日に、私のところに訪ねて来たことがあるんですよ(注:田中氏と総裁は東大で、科は違うが同期)。そのときにただならぬ挙動なんだね。総監室の入口のところに、中にはいろうともしないでつっ立っている。私がはいることを勧めると、スッとはいって来て、そうしていきなりそのときたまたま部屋にいた先客用の飲みさしのお茶をすすろうとするんだ。
私が“なんの用事で来た”と聞くと、“国鉄の争議のために、丸の内署がよくやってくれるので、そのお礼に来た”という。“そんなことで、わざわざ君が来てくれなくてもよい”というと、そそくさと帰って行った。
また、これは事件の前日のことだが、われわれがいっしょによくメシを食べ行く店が赤坂の山王下にあったので、その店の女中から、あとになってそのときの様子を聞いてみると、たった1膳のメシを1時間もかかって食べていたという。精神的に何か大へん悩んでいた様子でしたね」
自殺、他殺は五分五分だなあ
「あれは事件の十日くらい前だったか、私と増田官房長官(増田甲子七代議士のこと)との間で、下山君の身辺が不安だから警護をつけようという話になって、下山君にいったのだが、“そんなことされたら、総裁としての個人的な情報が取れなくなるから、もうしばらく待ってくれ”といってきた。“そんなの総裁として邪道だ”といったのだが、聞かなかった(下山氏の“情報好き”は有名な話)。
それに、さらに自殺説を裏づけるものとして、“目撃者”の数々の証言があった。こんないくつかの話をつなげていくと、自殺説につながることになりますね。
しかし、学者の鑑定の結果は、自殺、他殺の両方が出たが、だいたい四分六分ぐらいで他殺説のほうが有力でした。科学的答えは、これは尊重しなければならない。検察庁内部にも、これは単なる自殺ではないかもしれない、という声もあった。“白書”(事件後、警視庁が“非公式”に発表した『下山国鉄総裁事件捜査報告』では、ほぼ『自殺説』がとられた)にしても、よく読むと、自殺を断定はしていない。かといって、私がいうのは、自殺、他殺は五分五分だなあ」
私個人としての感じを持っていますよ
まさに、田中元警視総監、「ハムレットと化す」だが、しかし、最後にいちだんと力をこめてこう断言するのである。
「ただ、私はそれとは別に、私個人としての感じを持っていますよ。けれども、それはいえない。長年公務員を勤め上げたものとして、自分の個人の感じはいわない。それをいうのは、やはり、死ぬときかもしれんね」
政治家田中栄一氏、イキを引き取るきわに、渾身の力をふりしぼって「アレは他殺だった」と一言いって死にたい――記者には少なくともそう受け取れるニュアンスであった。
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