「日本製鉄はパンドラの箱を開けた」 USスチール「4兆円」買収劇の“美談”に潜む無数の「重大リスク」とは

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トランプに梯子を外されたら……

 投資家が抱く不安材料は山ほどある。高関税で恫喝し、米国への投資を誘い込む通商政策が続くのはトランプの大統領任期中。支持者の中には、大統領任期に制限を設けた合衆国憲法修正22条の改正を叫ぶ向きもあるが、現状ではあと3年半である。6月4日にトランプ政権は鉄鋼・アルミニウムの輸入品にかける追加関税を25%から50%に引き上げたが、米国内では既に輸入鋼材の値上がりで自動車メーカーが悲鳴を上げており、例えば、米ゼネラル・モーターズ(GM)は5月初め、2025年12月期(通期)に部品への追加関税の影響で費用が年間40億~50億ドル(5800億~7200億円)跳ね上がり、最終利益を20~30%引き下げるとの業績見通しを明らかにした。

 中国とのレアアース(希土類)を巡る交渉でも顕在化したように、トランプには強硬姿勢を見せても最後は怖気づいて方針を変える癖がある。英フィナンシャル・タイムズの金融担当記者ロバート・アームストロングによる造語「TACO」(Trump Always Chickens Out=トランプはいつもビビって退く)が昨今世界の流行語になっているが、自動車業界などの突上げで鉄鋼・アルミの高関税政策をトランプが放棄した場合、つまり梯子を外されて安価な外国製鋼材などが米国内になだれ込んだ時に日鉄には「Bプラン」が果たしてあるのか。

名目だけの「100%子会社化」

 “トランプ・ファクター”だけではない。買収完了後、日鉄による110億~170億ドルの追加投資によって、赤字が常態化しているUSスチールを再生できるのか。米商務長官ハワード・ラトニック(63)は日鉄との合意内容について6月14日にX(旧ツイッター)で言及。その中で、日鉄が表明した追加投資額「140億ドル」については金額削減や延期を許さないとしたほか、生産や雇用の国外移転はもとより、猶予期間のない工場の閉鎖や停止などにも拒否権を持つと説明。USスチールの取締役は半分以上を米国籍の人物にするなど、日鉄は人事権にも制約を受けるわけで、悲願の「100%子会社化」は名目だけで、実際は“雁字搦め”にされているように見える。

 6月5日に世界鉄鋼協会が発表した恒例の世界粗鋼生産ランキング(2024年)で、日鉄は4364万トンの4位。1418万トンで29位のUSスチールを合算しても、2位のアルセロール・ミタル(ルクセンブルク)の6500万トンはもちろん、3位の鞍鋼集団(中国)の5955万トンにも届かず、1位の宝武鋼鉄集団(中国)の1億3009万トンの半分にも満たない。「アメリカ企業に巨額を投じるよりも対アジア投資に力を入れるべきだったのでは」との声は日鉄社内からも漏れてくる。

 USスチール買収に会社を導いた橋本の取締役任期は、歴代経営陣の前例に従えばあと4~5年、CEOの座は1~2年内に現社長の今井正(62)に譲る可能性がある。トランプだけでなく、「世紀の買収」を主導した結果に責任を負うべき橋本にとっても、残された時間は限られており、しかも少ない。(敬称略)

安西巧(あんざいたくみ)
ジャーナリスト。元日本経済新聞社編集委員。1983年早稲田大学政治経済学部政治学科卒、日本経済新聞社入社。主に企業取材の第一線で記者活動。広島支局長、編集委員などを歴任し、2024年フリーに。著書に『経団連 落日の財界総本山』『広島はすごい』『マツダとカープ 松田ファミリーの100年史』(以上、新潮社)、『さらば国策産業 電力改革450日の迷走』『ソニー&松下 失われたDNA』『西武争奪 資産2兆円をめぐる攻防』『歴史に学ぶ プロ野球16球団拡大構想』(以上、日本経済新聞出版)など。

デイリー新潮編集部

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