「日本製鉄はパンドラの箱を開けた」 USスチール「4兆円」買収劇の“美談”に潜む無数の「重大リスク」とは

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“大盤振る舞い”の裏で「株価急落」と「格下げリスク」

 5月30日にトランプはペンシルベニア州にあるUSスチールのモンバレー製鉄所アービン工場に乗り込み、数千人の従業員を前に「日鉄が買収後に140億ドル(約2兆円)を投資する」と触れ「米国の鉄鋼業界史上最も大きい投資だ」と自画自賛。その後の記者団の取材では日鉄の投資額を「170億ドル(約2・5兆円)」と述べ、6月12日にも再び「170億ドル」と発言した。しかし、日鉄が6月14日に発したニュースリリースによると、買収承認の大統領令に関連して同社が米政府との間で締結した国家安全保障協定(NSA)には「日本製鉄が2028年までに約110億ドル(約1・6兆円)を投資する」と定めているとしている。

 鉄鋼業界ウォッチャーのあるアナリストは「トランプ氏が敢えて自分が日鉄から引き出した成果を誇張している可能性も否定できないが、2028年までの『110億ドル』は確定分として、『140億ドル』や『170億ドル』は日鉄側が未確定分を含めて伝えた数字かもしれない」と推測する。いずれにしろ、当初は14億ドルだった追加費用が110億~170億ドルと10倍規模に膨らんでいる。

 6月18日に日鉄が払い込みを終えたUSスチール株の全株取得費用は約141億ドル(約2兆円)であり、これに1年半の交渉過程で膨らんだ追加投資分を加えると、実質的な買収総額は約251億ドル(約3・6兆円)から約311億ドル(約4・5兆円)に達する。日鉄の現在の株式時価総額は約2・9兆円(6月18日終値)だが、これには上場子会社の日鉄ソリューションズの持株評価額(25年3月末時点で日鉄の出資比率は63%。6月18日現在の日鉄ソリューションズの株式時価総額は約7530億円)などが反映されており、「日鉄単独の企業価値は株式時価総額より数千億円低い」(前出アナリスト)と見られている。

 実質的な日鉄の企業価値を2・5兆円前後とすると、それより少なくとも1兆円以上は巨額の資金をUSスチールに注ぎ込むことになる。こんな橋本以下の経営陣の“大盤振る舞い”を投資家が不安視するのも無理はない。4月1日に3200円台に乗っていた日鉄の株価は、トランプがCFIUSに再審査を指示した4月7日に前取引日(4月4日)終値から10%下げ、2650円に急落。その後も頭打ちで、6月19日現在2766円にとどまっている。また、格付会社S&Pグローバル・レーティングは5月26日、日鉄によるUSスチール買収が実現すると「信用力には大きな負担になる」とし、負債中心の資金調達で買収した場合、現状「トリプルBプラス」の格付けは1~2段階下げる可能性があると指摘。さらに追加投資が4兆円規模になれば、格下げは2段階にとどまらないとした。

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