身分証も看板も「中国語」に…群がる“火事場泥棒”たち 国土を食い荒らされるミャンマーの現実
国軍のクーデターによって混迷が続くミャンマー。いま周辺国が次々と影響力を強め、一部では「身分証が中国語」という異変まで起きているという。旅行作家の下川裕治氏が取材した。
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2021年2月の国軍のクーデター以来、ミャンマーは内戦状態に陥っている。当初は国軍に反発する民主派の軍事組織PDF(国民防衛軍)との戦闘が激しかった。しかし2023年の10月、ミャンマー周辺州の3つの少数民族軍が国軍に対して一斉蜂起。それに周辺州の少数民族軍が呼応し、戦闘は一気に広がった。いくつかの州で国軍は地上での支配権を失いつつあり、空爆だけで応戦しているエリアも少なくない。
この状況に乗ずるように隣接国がミャンマーへの影響力を強めようとしてきている。
5月27日、バングラデシュ政府は、在ミャンマーバングラデシュ大使館から大使を引き揚げる決定をした。モノワール・ホッサイン大使は、「行政上の理由」(ロイター伝)としか語っていないが、バングラデシュとミャンマーからの情報を集めると、両国の関係はかなり緊張していることが伝わってくる。
焦点はミャンマーからバングラデシュに逃れたロヒンギャ難民で、その数は100万人を超えている。バングラデシュ南部、コックスバザール周辺には、彼らを収容している10以上の難民キャンプが点在している。
流入する難民が一気に増えてから10年近くになるが、ミャンマー内戦のなか、帰還事業は停滞し、バングラデシュ経済の負担になりつつある。当初はイスラム系団体や国際援助組織の支援も集まったが、難民キャンプ運営が長引くにつれ、援助額は減少している。バングラデシュの報道では、2023年、国連のロヒンギャ難民支援計画の資金は8億7,600万ドルだが、その40%も集まらなかったという。
コックスバザール在住のRさんは、「市内にあった支援団体のオフィスもだいぶ減りました。以前はスタッフの欧米人もよく目にしましたが、いまはほとんど会わない」と語る。
民族軍とパイプを構築し…
ロヒンギャ難民は、隣接するミャンマーのラカイン州から避難してきた。しかしその後、ミャンマー国軍がクーデターを起こし、それに反発するラカイン州の民族軍AA(アラカン軍)と激しい戦闘がつづいている。だが国軍は劣勢で、ラカイン州のほぼ全域がAAの支配エリアになっている。国軍の支配下にあるのは、州都のシットウェと中国のパイプラインのプロジェクトがあるチャオピューぐらいにすぎない。
ロヒンギャ難民の帰還に向けて、バングラデシュ政府はAAと交渉を開始した。ラカイン州を実質的に支配しているのはAAだからだ。これは難民キャンプを視察した国連のグテーレス事務総長の意向でもあったようだ。しかし、これに対してミャンマーの軍事政権は反発した。バングラデシュ政府が大使の召喚に踏み切ったことを評価するバングラデシュのメディアは多い。ロヒンギャ難民問題は根深いが、「いまキャンプにいる人々が逃げ出した原因は、ミャンマー国軍の迫害」と考えるバングラデシュ人は多い。
しかしバングラディッシュ政府と対立している、バングラデシュ軍部はこの決断に批判的だ。国家ではないAAとの交渉に安全保障上の懸念を示し、ミャンマー内戦にバングラデシュが巻きこまれることを警戒しているともいわれる。
アラカン州はその北部ではインドとも国境を接している。この国境もいまはAAの管理下にある。アラカン州の北側はチン州でインドと接している。ここでも地元民族軍CNF(チン民族戦線)とミャンマー国軍の戦闘がつづいているが、国軍は追い込まれ、多くの基地を失っている。
インドはAAやチン州の民族軍に秋波を送っている。AAはすでにインド側に事務所を設置したともいわれる。
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