身分証も看板も「中国語」に…群がる“火事場泥棒”たち 国土を食い荒らされるミャンマーの現実

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「中国の動きがいちばん不穏です」

 西側のバングラデシュやインドのほか、ミャンマーとは北部で国境を接する中国も積極的に動いている。ミャンマーの民主派メディアはとくに中国の動きに警鐘を鳴らす。国外に拠点を置いて記者活動をつづけるH氏はこう語る。

「中国の動きがいちばん不穏です。国軍支援を鮮明に打ち出しながら、北部シャン州では自らの支配を浸透させようとしているんです」

 それを象徴する事態が今年の5月、シャン州のコーカン地区で起きた。このエリアの中心都市であるラウカイの居留証(住民の居住資格を示す身分証)が中国語だけになったのだ。ミャンマー国内の居留証でありながら、そこにはミャンマー語もシャン語もない。

 このエリアも国軍の支配力は及んでいない。国軍を追い出したのはコーカン族の民族武装組織MNDAA(ミャンマー民族民主同盟軍)である。コーカン族は中国から移住した漢民族で中国語名ももっている。国軍とは対立し、このエリアだけでなく、シャン州北部の主要都市ラーショーも国軍から奪還した。

 しかし国軍を支援する中国が仲介に入り、ラーショーを国軍に引き渡すことになる。MNDAA幹部は、「中国の圧力で撤退した」と不満を公表している。その後、中国とMNDAAとの間でどんな交渉があったのかはわからないが、突然、居留証が中国語のみになった。ラウカイの街の商店の看板もすべて中国語に変えるよう通達も出ている。ウクライナのロシア系住民地域に進軍したロシア軍の動きとだぶってきてしまう。前述の記者はこれからの動きをこう予測する。

「国軍の意図は自分たちの利権を守ることしかない。国のことは考えていません。その間にミャンマーの周辺州には隣接国が浸透し、虫食い状態になっていく可能性もある。ミャンマーは国の形を保てなくなっていくかもしれません」

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954(昭和29)年、長野県生れ。旅行作家。『12万円で世界を歩く』でデビュー。『ホテルバンコクにようこそ』『新・バンコク探検』『5万4千円でアジア大横断』『格安エアラインで世界一周』『愛蔵と泡盛酒場「山原船」物語』『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア横断2万キロ』『沖縄の離島 路線バスの旅』『コロナ禍を旅する』など、アジアと旅に関する著書多数。『南の島の甲子園―八重山商工の夏』でミズノスポーツライター賞最優秀賞。近著に『僕はこんなふうに旅をしてきた』(朝日文庫)。

デイリー新潮編集部

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