「受験をした。しかし、東大には落ちた。しかし、京大には受かった」…校閲者は「しかし」の重複をどう考えるか

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「しかし」の重複はOK?

 ごく簡単な例を出しましょう。

 AさんはBさんと約束していた。しかし、Aさんはその日、東京に行かなった。しかし、大阪には行った。

 という文章では「しかし」が重複しています。小説なら文学的な効果を出すためのものかもしれませんが、ノンフィクションにおける事実関係の説明文であれば、どちらかを「だが」など別の表現にしたほうが読みやすいかもしれません。一方、「東京に行かなった」は明らかな誤植のため、「東京に行かなかった」に直す必要があります(気づいた方は素晴らしい!)。

 次のような例はどうでしょうか。

 1……必ず私は寝坊しても朝ごはんを食べる。
 2……私は寝坊しても必ず朝ごはんを食べる。

「必ず」という副詞の位置ですが、2のほうが「必ず」と「朝ごはんを食べる」のつながりがわかりやすいので、1よりも文章としては読みやすいように思えます。

 話し言葉では1のように「副詞が先に来る」という現象が、強調などの理由からしばしば見られますが、文章では「読みやすさ」の観点からこれをどこまでOKとするか? あなたが校閲者だったならば、1の文章に疑問を出しますか?

 また、ファクトチェックについても同じようなことが言えます。たとえば、

 1日に7000歩、歩いたほうが良いとよく言われる。

 という文章で、この「よく言われる」という根拠は何か? というか、本当に「よく言われる」ことなのか? 

 厚生労働省が出している指針とは数字が違う、こういう学術論文があるなど、色々な方面からのツッコミがあり得ます。

 そこで校閲者は一生懸命、「7000歩」の根拠を探します。明確な根拠が見つからなければ校閲疑問を出すこともあるでしょう。しかし、(著者の周辺では「7000歩が良い」と言われているからそのままで良いのだ!)と、そのままになる可能性もあります。

 一方で、「1日に10万歩」と書かれていたならば明らかにケタがおかしいですから、校閲は必ず疑問を出さなければなりません。

 こういった文章について、校閲はどのくらいの程度のことは指摘せず、どこからは指摘すべきなのか? というのは、突き詰めて考えていくと実は非常に難しい問題なのです。

 また、状況によっては校閲疑問の「書き方」や「量」を変えることがあります。

校閲はどんな原稿でも一緒?

 そもそも、校閲という仕事において、原稿によって疑問を増やしたり、減らしたり、と変化をつけても良いものなのでしょうか。

 これについては、出版業界の内外にかかわらず、次のような意見を持つ方が多いのではないかと思います。

「校閲というのはどんな原稿に対しても一律で、同じように仕事すればいい」

 ……いや、私もこの仕事に就くまでは「まあ、ちょっとは変えるだろうけど、ほとんど一緒だろうな」と思っていました。

 しかし実際の現場では、媒体の違いや、その他いろいろな要素によって、校閲のしかたは大きく異なるのです。

 新聞の校閲と出版物の校閲では、「誤植を出さない」という根本のミッションは一緒でも、仕事の中身は全く違います。「校閲にかけられる時間」、つまりスピード感も変わってきます。

 また、出版物と一口に言っても、本屋さんで売られている書籍や雑誌だけでなく、カタログや説明書などの校閲もあります。書籍と雑誌でも様相は異なりますし、雑誌の中でも週刊誌と月刊誌、また文芸誌とファッション誌では仕事の進め方や校閲疑問の出し方が全く違ってきます。

 それから、媒体の違いだけではなく、小説とノンフィクションの違いや、編集・作家さんの「ここを重点的に見てほしい」といったオーダー、そして納期(これが重要!)など、現場にはいろいろな“変数”があり、決して一筋縄ではいきません。同じ週刊誌でも、「全く同じ校閲」は二度と訪れない、と言っていいでしょう。

 以上のように、「媒体やジャンルなどが変われば校閲疑問の出し方も変わる」というのは、実際にはとても自然なことなのです。

 で、結局「校閲疑問は多いほうが良いのか、少ないほうが良いのか」の結論は、字数がパンパンになったので次回に持ち越しとします。文章の事例は多いほうが良いのか少ないほうが良いのか……。

甲谷允人(こうや・まさと Masato Kouya)
1987年、北海道増毛町生まれ。札幌北高校、東京大学文学部倫理学科卒業。朝日新聞東京本社販売局を経て、2011年新潮社入社。校閲部員として月刊誌や単行本、新潮新書等を担当し、現在は週刊誌の校閲を担当。新潮社「本の学校」オンライン講座講師も務める。

デイリー新潮編集部

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