ヒロインの国家主義に迷いが…「正義とは何か?」を問い続ける朝ドラ「あんぱん」が支持される理由

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草吉との別れ

 のぶ自身が、国家教育のほうが肌に合うようになってしまうのかもしれない。なぜなら、のぶは屋村草吉が非戦主義者だとうすうす気付きながら、軍のための乾パンは焼けないと言われると、それが納得できなかったからである。乾パン納入はのぶが陸軍から頼まれた。

「嫌なことは嫌なんだよ」(草吉)。1940(昭15)年、第44回だった。のぶとは対象的に戦争を憎む蘭子は草吉に理解を示す。

 結局、草吉は朝田家を思い、乾パンは焼く。だが、出ていってしまう。第45回である。

 草吉が朝田家で、住み込みで働き始めたのは1927(昭2)年。第8回だった。のぶの父親・結太郎(加瀬亮)が急死し、祖父の釜次(吉田鋼太郎)も大ケガを負って、収入を断たれた朝田家が、あんぱんの製造・販売を生きる糧にしようと考えたからである。

 放浪の旅人だった草吉は拒んだが、当時8歳ののぶが「力を貸してほしいがよ」と泣きそうな顔で哀願したので、断れなくなる。「取りあえず1回だけだぞ」と引き受けた。 

 あれから13年が過ぎた。その間、悲しむ人、困った人の近くにはいつも草吉がいた。あるいは、あんぱんを届けた。やさしい男だった。

 まだ先の話だが、敗戦から間もない1945(昭20)年10月、GHQは国家教育を行っていた教員たちを追放する。GHQは教師が戦争に果たした役割を重く見た。

「仕方がなかった」で済まされる話ではなかった。生死や価値観が関わる問題なのだから。国家教育を行っていた教師たちは十字架を背負う。のぶも苦しむだろう。

 この物語の底流には「正義とは何か?」という極めて難しいテーマがある。だが、つつがなく進むはずだ。

 作者の中園ミホ氏(65)は日本テレビ「ハケンの品格」(2007年)で「職場の正義は能力か役職か?」を描いた。テレビ朝日「ドクターX~外科医・大門未知子~」(2012年)では「病院の正義は患者を救う力か権威か?」を映し出した。

 中園氏は観る側に正義を問い続けているのである。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部

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