ヒロインの国家主義に迷いが…「正義とは何か?」を問い続ける朝ドラ「あんぱん」が支持される理由

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嵩と千尋も出征へ

 現在、物語の時代設定は1940(昭和15)年。日独伊3国同盟が締結されたころ。当時は20歳から徴兵されたので、嵩は間もなく戦地に送られる公算が大きい。

 千尋は帝国大学の法学部を目指している。合格すると、学生の間は徴兵猶予となる。もっとも、戦況が悪化の一途を辿っていた1943(昭18)年、その制度は停止された。学徒動員だ。千尋も徴兵される可能性が高い。

 いごっそうな嵩と我慢し過ぎる千尋。兵士になったら、どうなるのか。寛が評した性質が2人の命運を分けると見る。

 一方、日中戦争に出征していた朝田家の石工・原豪(細田佳央太)は1939(昭14)年、戦死が明らかになった。第37回と38回だった。

 豪の師匠でのぶの祖父である釜次(吉田鋼太郎)は訃報に接すると「ごおーっ!」と咆哮した。のぶの祖母・くら(浅田美代子)、母親・羽多子(江口のりこ)、妹・メイコ(原菜乃華)も泣いた。

 豪と婚約していた2女の蘭子(河合優実)は茫然自失。位牌に向って「豪ちゃん、お腹が空いたねぇ」と力なくつぶやく姿が哀切を誘った。

 愛国の鑑であるのぶが蘭子に向って「豪ちゃんの戦死を誰より蘭子が誇りに思ってやらんと」と声を掛けると、猛反発された。蘭子は愛する人を奪った戦争がただ憎かった。

 この物語の戦時下の描き方がほかの作品とやや違うのは、戦時下の人間を戦争肯定者と非戦主義者に単純2極化せず、 戦争を憎む近親者 や戦争加担者の視点も加えてあるところ。それもあり、 戦時下の描写は4週目に入ったが、単調になっていない。

 蘭子に反発されたあと、のぶの国家主義に迷いが生じる。自分が子供たちに教えたかったのは体育や学ぶことの楽しさのはずだったことを思い出す。

 もっとも、豪の死によって国家主義を捨てたら、近親者の死にしか痛みを感じない不公平な人間になってしまう。だから引き返さず、児童たちには教育勅語の一節を読み上げさせる。1939(昭14)年、第39回だった。

「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」

 国家に危機が迫ったら、国民は身を捧げ、奉仕すべきだという意味である。国家の定めた当時の正義だった。

 のぶは1940(昭15)年だった第43回、若松次郎と結婚する。船舶の1等機関士だった。のぶは嵩の思いを知らないままだった。

 教師は続けた。辞めるという選択肢もあったが、次郎が継続することに寛容であり、のぶもいつか児童たちに国家主義を排した教えを行える日が来ると信じていたからだ。

 しかし、その目論見は外れる。翌1941年から尋常小学校は国民学校に変わる。尋常小学校は初等普通教育だったものの、国民学校は皇国民錬成の場になる。のぶは国家教育から逃れられなくなる。

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