「今日はしゃべるぞ!」 板東英二が目を丸くした「寡黙で不器用な俳優」の“陽キャ”な一面

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「皆さん、ご苦労様です」

 折り目正しさを絵に描いたような、という表現しか見当たらない。80年代に放映された日本生命の「不器用ですから……」というCMのイメージとも重なる。

 自身への厳しさ、他人への思いやり、反骨、怒り……それらをざっくりと表現するなら、やはり「寡黙」しかない。だが、それは高倉の表の顔といってよく、養女いわく「饒舌」と表現する陽気で明るい高倉のもう一つの顔も忘れてはいけない。『高倉健、その愛』のお茶目でおしゃべりな姿にはやや驚く。

 上山田温泉の時のような高倉のエピソードを「あ・うん」「鉄道員」など3作で共演した板東英二が著書『板東英二の生前葬』(15年、双葉社)でこう紹介している。

「あ・うん」の完成披露試写会が札幌で行われ、高倉や降旗監督ら一行は寿司屋で祝った後、小さなスナックに場所を移して2次会となった。そこは15人も入れば満席で、奥に一人立つのがやっとのカラオケのステージがあった。席に着くと酒が振る舞われ、店内には普段のイメージからは想像もつかない高倉の声が響く。

「皆さん、ご苦労様です。乾杯!」

 その直後に照明が落ちた。すると聞き覚えのあるイントロが流れ、ピンライトがステージにいた高倉の背中を照らす。

「今日は歌うぞ!」

 と言って歌ったのは「網走番外地」。茶目っ気たっぷり、サービス精神旺盛な高倉の姿がそこにあった。

「今日はしゃべるぞ!」

「あ・うん」公開から10年後。高倉が福岡でトークショーをやることになった。あの“寡黙な”健さんのトークショーといわれてもピンと来ない。そこでお呼びがかかったのが板東だった。満員の会場で前座を務めた。口八丁の板東は、

「今日ほど退屈なトークショーはありません。健さんは本当に無口な人ですから。皆さんは一体何を期待しているのでしょうか」

 と茶々を入れ、会場を盛り上げようとした。

 すると、舞台袖からマイクも持っていない健さんが飛び出して来たという。

「今日はしゃべるぞ!」

 という大きな声。その瞬間、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。板東いわく、「あんなにはしゃいだ高倉健は見たことがありませんでした」。

「今日は歌うぞ」「今日はしゃべるぞ」という普段の高倉からは想像できない素顔。だが、そんな陽キャも神々しい。

峯田淳/コラムニスト

デイリー新潮編集部

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