大記録まであと2勝が遠い「田中将大」を“たかが2勝”と侮れない理由…「200勝」&「2000安打」達成目前で力尽きた“先輩”たちを振り返る

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谷選手の2000本安打到達は「時間の問題」と思われていたが…

 名球会ができる以前(1978年に発足)では、広島・長谷川良平が通算197勝、大洋・秋山登が193勝といずれも190勝以上を記録。名球会発足以降では、石井茂雄(阪急→太平洋、クラウン→巨人)が189勝、現・西武監督の西口文也が182勝、“平成の大エース”と呼ばれた巨人・斎藤雅樹が180勝で続く。現役では45歳のヤクルト・石川雅規が今季も2勝を挙げ、通算188勝まで記録を伸ばしているが、年齢を考えると、大台に到達できるかどうかは微妙なところだ。

 今度は通算2000安打にあと少しで届かなかった打者を見てみよう。大台まであと72本に迫りながら引退したのが、谷佳知(オリックス→巨人)である。

 オリックス時代にイチロー、田口壮とともに鉄壁の外野陣を誇り、打者としても2003年にリーグ最多安打(189)のタイトルを獲得した谷は、06年までの10年間で通算1406安打を記録。2000本到達も時間の問題と思われた。

 07年の巨人移籍1年目にも172安打を記録し、あと422本となったが、長野久義らの加入で外野のポジション争いが激化した10年以降、出場機会が減少。13年は出場わずか13試合、7安打に終わり、戦力外通告を受けた。

 この時点で通算1921安打。「やはり記録は達成したい」という40歳のベテランに手を差し伸べたのは、「もともとうちの選手だし、本人が続けたいというのであれば戦力として考えている」(球団幹部)という古巣・オリックスだった。谷自身も「ジャイアンツでのさまざまな経験をここでみんなに伝えたい」と意欲を新たにし、8年ぶりの復帰が実現した。

 だが、2000本までの道のりは遠かった。14年は開幕から16打数2安打の打撃不振で4月に登録抹消されると、そのままシーズンを終えた。翌15年も8月まで出場10試合で4安打と本数が伸びず、「現実的に考えて無理だと思った」と自ら身を引くことを決めた。

 9月16日の引退会見で、「(2000安打は)自分のモチベーションを上げる材料にはなっていましたが、達成できないことに悔しい気持ちはありません」と語った谷は、引退試合となった10月3日のソフトバンク戦で、7回に代打で登場。武田翔太の初球、142キロストレートを一振すると、独特の弧を描いた打球は、まるで測ったように右前にポトリと落ち、通算1928安打で有終の美を飾っている。

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