大罪を犯すヒロイン…「あんぱん」は朝ドラ史上最も残酷な物語に 空虚な正義と身近な正義が対立

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戦争描写は近年で最長

「あんぱん」は近年の朝ドラと比べても戦争の描写が長い。たとえば物語から戦争が切り離せなかった「カムカムエヴリバディ」(2021年度後期)の場合、本格的な戦争描写は橘算太(濱田岳)が出征した第13回の1942年に始まった。敗戦は第20回だった。

 もっとも、脚本を書いている中園ミホ氏(65)はあらかじめ戦争描写が長くなることを予告している。のぶの幼なじみで現在は東京高等芸術学校に通う柳井嵩(北村匠海)のモデルは「アンパンマン」を創作した故・やなせたかしさんなのは知られている通りだが、中園氏はこう言っている。

「やなせたかしさんの世界を描くことは、戦争を描くことだと思っている」(注)

 やなせさんも日中戦争に出征し、飢えとも戦いながら、中国大陸を約1000キロも行軍した。かわいがっていた弟はフィリピン沖で戦死。しかも遺骨すらなく、骨壺には木片だけが入っていた。

 やなせさんは人が次々と死ぬ戦争の残酷さを嫌というほど味わったから、誰も殺さないヒーロー・アンパンマンを生んだ。宿敵であるはずのバイキンマンも決して死なない。

 また、のぶのような人たちが信じていた国家主義という正義が敗戦と同時に崩壊したことから、逆転しない正義も模索し、アンパンマンには飢えた人たちにパンで出来た自分の顔をちぎって食べさせることにした。献身と愛のヒーローである。

 のぶが今、愛国の道に突き進んでいるのはやがて自分の内側にある正義を転換させるための伏線なのだ。今は蘭子より損な役回りに見えるが、仕方がない。のぶの見せ場は敗戦時に後悔と自己嫌悪に酷く苦しむときだろう。

 オープニング映像の意味がぼんやりと見えてきた。CGが使われているが、これは懐かしい思い出が詰まった御免与町の町並みだ。敗戦時ののぶは行く道を見失ってしまい、うずくまる。迷いや苦悩を表している。

 そこに光が表れ、のぶは得意の足を生かして併走を始める。光は嵩であり、一緒に新たな夢に向かって走り始めるという意味だろう。

 それまでやや陰鬱だったのぶの表情が輝き始める。御免与町を抜けると、漫画の原稿用紙と鉛筆が見えてきた。嵩が見つけた新生活とそれを支えるのぶを表す。

 のぶの足跡は底が抜け落ちてしまう。その下は幾層にもなっている。時代は過ぎ去るものではなく、積み重ねによってつくられているということを表しているのではないか。あの戦争の犠牲があり、現在はある。

 のぶが辿り着いたのはアンパンマンと思しき線画。のぶは逆転しない正義と子供たちに笑顔を与えるという夢を見つけ、満面笑みとなる。

 一緒に流れる主題歌「賜物」(RADWIMPS)にはこんな一節がある。「『産まれた意味』書き記された 手紙を僕ら破いて この世界の扉 開けてきたんだ」。

 召集令状1枚で本人も家族も涙するような時代は2度と招いてはならない。人生は国家が決めるのではなく、自分で切り拓く。やなせイズムが投影されているのではないか。

(注)『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説あんぱん Part1』

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部

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