大罪を犯すヒロイン…「あんぱん」は朝ドラ史上最も残酷な物語に 空虚な正義と身近な正義が対立

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国家主義者のヒロイン

 のぶは億兆一心(国民全員が結束する)の考え方が染みついている。慰問袋の募金集めの際にもそう書いたのぼり旗を立てた(第30回)。そのためには犠牲もやむを得ないと考えている。国民を支配するのが国家であるのは説明するまでもない。

 一方、蘭子は個人を中心とする生活の中にある小さな幸せを夢見ていた。その幸せとは何か。1つは朝田家のパン職人・屋村草吉(阿部サダヲ)と豪が出征前に釣りに出掛けた際、小魚1尾しか釣れなかったエピソードに表れていた。第28回である。

 のぶ、蘭子、3女のメイコ(原菜乃華)を前に帰宅した草吉と豪。草吉は「豪が大物を釣り上げたぞ。見て驚くなよ」と得意げに声を上げた。だが、豪が身を縮めながら見せた釣果は小魚1匹。のぶとメイコは大声で笑った。

 豪の出征が既に決まっていたため、蘭子の表情は硬かったが、それでも相好を崩した。いつの時代も幸福は国家の意思とは別次元のところにある。

 この朝ドラで本格的に戦時下が描かれ始めたのは豪に召集令状が届いた第27回から。1937年だった。豪の戦死が分かった5月21日放送の第38回時点では1939年。今後、1941(昭和16)年に太平洋戦争が始まり、それは1945(同20)年8月まで続くから、しばらくは戦争と戦時下の描写が終わらない。

 1941年には尋常小学校が国民学校に変わる。名称の変更だけではなく、中身も一変する。初等普通教育機関だった尋常小学校とは違い、国民学校は皇国民の錬成の場となる。草吉はのぶのことを「愛国の先生」と揶揄していたが、のぶはますます子供たちを戦地に送り出す立場となる。

 1945年7月には朝田家のある御免与町のモデル・後免町も襲った高知大空襲がある。米軍のB29が100機以上も飛来し、無慈悲な無差別爆撃を行い、多数の犠牲者が出た歴史的悲劇だ。この描写もあるに違いない。朝田家は大丈夫なのだろうか。

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