三権分立が完全に崩壊、韓国に民主政治が根付かないのはなぜか――鈴置高史氏に聞く
「李在明独裁」への恐怖
――「独裁党」ですか。
鈴置:今回の司法への介入は皮切りに過ぎない、との危機感が伝わってきます。中央日報のチョン・ヒョシク社会部長はもっと明快に「李在明独裁」への懸念を表明しました。「【時視各角】ルーズベルト式司法府圧迫が残したもの=韓国」(5月8日、日本語版)から引用します。
・もし李候補が6・3[6月3日の]大統領選挙に勝利すれば立法権・行政権に続き曹大法院長[最高裁長官]が70歳で定年退任する2年後には司法府まで掌握するだろうという展望に裁判官はすでにざわついている。
・今後も未来権力が司法府を手懐けて大法官[最高裁判事]増員という立法権と弾劾カード、政府予算権まで武器として振り回すことができる。今回司法府が被った傷は小さくない。それよりも民主主義憲政秩序の主軸である三権分立毀損の影響は大きく長く続くだろう。
李在明氏は次の大統領選挙でもっとも当選可能性が高い。与党になる「共に民主党」は議会で圧倒的な多数を誇るので次の国会議員選挙が開かれる2028年4月まで怖いものなし。そのうえ、司法まで手中に収めたら独裁政権が生まれる、と訴えたのです。
国民に薄い危機感
――国民には民主主義後退への危機感が広がっている?
鈴置:それが、そうでもないのです。韓国の左派は高裁へ差し戻した最高裁の判決こそが司法テロであり、それを立法府が正さねばならない、と信じているのです。
ハンギョレの「最高裁に遮られた正義…『司法クーデター』は立法府が阻止すべき=韓国」(5月6日、日本語版)が典型です。筆者はソン・ハニョン先任記者で、最高裁の差し戻し判決を司法テロと決め付けたうえ、司法が李在明氏の上告を無視して選挙権を剥奪する可能性があると指摘。
そして、このような無法がまかり通れば流血の惨事が起きるとして、それを防ぐために「国会が最高裁判事を弾劾訴追すべきだ」と主張したのです。
だから公判延期に関してもハンギョレは社説「韓国野党候補の裁判、大統領選後に延期…選挙介入の最高裁長官は責任取るべき」(5月8日、日本語版)で「遅ればせながらも合理的決定」と評価しています。
――かなり強引な理屈ですね。
鈴置:左派も死に物狂いなのです。6月3日の大統領選挙で左派が政権を取れなければ自分たちが根絶やしにされてしまう。何せ、保守政権は戒厳令を敷いて左派政治家を逮捕しようとしたのですから。
保守の「国民の力」は戒厳令を宣布した尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領と決別していないのです。次の政権を保守がとれば、第2の戒厳令だってあり得ます。
――それにしても裁判官を脅して公判を選挙後にずらすとは、三権分立の破壊です。
鈴置:韓国は天災でもないのに戒厳令が宣布される、異様な国になっていることを見落としてはなりません。野党の司法介入に対し保守の知識人がいくら非難しようと、三権分立を理由に国民が怒って立ち上がる、なんて空気はないのです。
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