三権分立が完全に崩壊、韓国に民主政治が根付かないのはなぜか――鈴置高史氏に聞く
韓国の左派政党が裁判官を脅し、自らが擁立した大統領候補への判決を選挙後に延期させた。保守政権の戒厳令宣布に続く民主政治の破壊だ。あんなに苦労して手に入れた民主主義を、韓国人がいとも簡単に捨て去るのはなぜか――。韓国観察者の鈴置高史氏に聞いた。
弾劾で脅し、公判を選挙後に
鈴置:韓国の三権分立が完全に崩壊しました。最高裁は5月1日、野党第1党「共に民主党」の大統領候補、李在明(イ・ジェミョン)氏の公職選挙法違反裁判に関し、二審の無罪判決を破棄して審理をやり直すようソウル高等裁判所に命じました。
2022年の大統領選挙でも候補者だった李在明氏が、当時嘘をついたかどうかが焦点でした。最高裁の差し戻しにより李在明氏の有罪は事実上確定し、後は高裁がいつ判決を下すかに焦点が移りました。
罰金100万ウォン(約10万円)以上の刑が確定すれば、5年間被選挙権を失い、今年6月3日に投開票される大統領選挙に出馬できなくなるからです。一審では懲役1年、執行猶予2年の判決が出ていました。
「共に民主党」は直ちに(1)曹喜大(チョ・ヒデ)最高裁長官と、差し戻し審の裁判長である李在権(イ・ジェグォン)高裁部長判事の弾劾(2)曹喜大長官に対する国会聴聞会と最高裁への国政調査(3)最高裁裁判官を30人に増員――を掲げ、公判は選挙後に開くよう高裁に要求しました。
すると7日、ソウル高裁は5月15日に予定していた初公判を大統領選挙後の6月18日にずらしたのです。これにより、選挙前に李在明氏の有罪が確定することはなくなり、晴れての出馬が可能になりました。
仮に公判の日程が変わらず、選挙前に高裁が有罪判決を下しても李在明氏には上告して時間を稼ぐ手がありました。ただ、それだと選挙戦で対立候補から「無資格出馬」と揶揄され、不利になるのは確実でした。
ハンガリー、ポーランド、ペルー
――韓国に三権分立はないのですね。
鈴置:ありません。保守系紙、朝鮮日報の社説は公判延期が明らかになる直前に「司法への圧迫」を強く非難しました。「不利な判決を下した裁判官を弾劾するなら、『独裁党』に党名を変えよ」(5月7日、韓国語版)で次のように書いたのです。
・民主化しかけたものの独裁へ回帰したいくつかの国家も、それは司法への攻撃から始まった。ハンガリーとポーランドの多数党はそれぞれ、裁判所と憲法裁判所の構成を自分たちに有利になるよう強制的に変えることで掌握した。
・ペルーの憲法裁判所が大統領の3選を違憲と判決するやいなや、大統領が憲法裁判所の裁判官7人中3人を解任した。
・「共に民主党」は最高裁判事を14人から30人に大幅に増やす裁判所組織法改正案を発議した。増えた最高裁の裁判官に“民主党判事”を据え、司法を自分の下部機関にしようとの計算だろう。
・「共に民主党」付設の民主研究院の前副院長は「三権分立などというものはいまや、幕を下ろす時代ではないか」との極端な言辞まで吐いた。不利な判決を下す判事を弾劾で脅し、三権分立を否定する政党なら党名を“独裁党”に変えるべきだ。
[1/4ページ]