「連絡は回覧板」「アポなし訪問で自治会費を集金」…LINEやPayPayとは無縁な“埼玉の団地暮らし”が快適に思えてきた理由

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日本社会には“ネット断層”のようなものがある

 S氏は、「現状、ITは使う人は使いまくるし、使わない人はまったく使わない。真っ二つなんです。ITを使うかどうかで、現在の日本では文化や思想が分断されているかもしれません」と話し、「現在の日本社会には“ネット断層”のようなものがあるのでは」と考えている。

 筆者もこれを痛感することがままある。SNSに頻繁に書き込む層はネット上で起こっている議論から影響を大きく受ける。しかし、ITを使わない人はそんな議論などどこ吹く風で、知る由もないのだ。

 例えば、最近のネット上では、漫画家やイラストレーターなどのクリエイターの間で生成AIに関する議論が盛んである。しかし、ITを使っていないクリエイターは、そもそも生成AIを知らないのだ。ある大御所漫画家に話を聞くと、「生成AI? なにそれ?」「便利なツール? 著作権に問題があるの? 俺はそんなのわからないんで、どうでもいいよ」と言われてしまった。

 近年、SNSで行われた政治運動が現実社会に影響を与えるようになった、といわれる。しかし、筆者はそれに懐疑的である。前述の生成AI然りで、SNS上で盛り上がっている運動について現実社会で話を聞くと、「知らない」と言われることが少なくないのだ。特定の社会問題に対するネットとリアルの温度差は、まだまだ大きいように思える。

アナログ社会も快適かもしれない

 ただ、ITに関わらない生活を送るメリットも大いにある。炎上に巻き込まれないことだ。そして、自分と異なる意見の持ち主や嫌いな意見に触れて感情的になったり、精神を病んだりしなくても済むのである。うっかり著名人の悪口を書いてしまい、誹謗中傷を理由に開示請求をされるリスクも防げる。

 芸能人のみならず一般人も、自分の名前でエゴサーチをして悪口を目にし、傷つく人が多い。しかし、ネットがなければそもそもしんどい思いをしなくて済むケースは多いのではないか。ネット上に投稿した写真が悪用されることもなければ、闇バイトに応募してしまうリスクもない。案外、アナログ社会はいいことだらけなようにも思う。S氏もこのように話す。

「SNSでは連日のように炎上が起こっていて、若者の間でもSNS疲れが広まっていると聞きます。今やネットでは政治や経済に対する不満の声ばかりで、炎上が起こらない日がないくらい。アナログ社会では触れることがないような悪口が、ネット上には飛び交っています。そんなものを見なくていいアナログ社会のほうが、実は精神衛生上もいいのかもしれません。

 ネットを遮断すれば、いくら叩かれようとも気にならないし、図太く生きられる。思えば、私の団地の人たちはみんな元気ですし、特に不満もなく、楽しそうに過ごしている。情報が飛び交っているIT社会の今だからこそ、アナログ社会も案外快適なのかもしれませんね」

ライター・山内貴範

デイリー新潮編集部

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